深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『J.G.バラード短編全集』⑤「近未来の神話」

J.G.バラード短編全集、全5巻の掉尾。

④読了から随分、間が空いてしまったけれど……。

 

 

⑤は1977年から1996年の間に発表された24編。

巻末にウィリアム・ギブスンによるJ.G.B.頌といった趣のエッセイが付されている。

 

ja.wikipedia.org

 

以下、微妙にネタバレ臭が漂うような、そうでもないようなメモをば。

 

 

交戦圏

Theatre of War(1977年)

英国で内戦(政府軍 vs 共産ゲリラ)が起こるというフィクションだが、

ベトナム戦争の記録をベースに書かれた作品。

作中の軍人たちのインタビューに答えてのセリフは

すべてベトナム戦争時の実在の人物の発言記録を引用したものという(驚)。

 

楽しい時間を

Having a Wonderful Time(1978年)

1985年7月、中年の英国人夫婦リチャード&ダイアナは

夏のバカンスをカナリア諸島のリゾートで過ごすことに。

ダイアナは友人宛に簡潔な日記のようなハガキを送り続ける。

ホテルでの滞在はお楽しみ盛りだくさんだったのだが……。

解説者・柳下毅一郎氏曰く「終わりなき休暇もの」とも言うべき、

バラード作品にしばしば見られるモチーフ、とか。

ユタ・ビーチの午後

One Afternoon at Utah Beach(1978年)

映画評論家デイヴィッド・オグデンは

やや年の離れた妻アンジェラと、ノルマンディの貸し別荘で過ごすことに。

夫妻を運んでくれた元パイロットで現在は飛行機のセールスマンである

リチャード・フォスターを交えて談笑するのだったが、

デイヴィッドは二人が不貞を働いていることを見抜いていた。

モヤモヤした気持ちで散策していたデイヴィッドは、

滞在しているのが第二次世界大戦の激戦地ユタ・ビーチだったと思い至った。

彼は旧ドイツ軍のトーチカに足を踏み入れ……。

味わい深い幻想文学的佳品。

 

ZODIAC 2000

Zodiac 2000(1978年)

古来の黄道十二宮は時代遅れなので

現代(1970年代末)に相応しい新機軸を考案したと前書きで述べる著者。

20世紀後半にはコンピュータ座やクローン座がマッチするのでは……と。

その新十二星座が象徴するエピソードの羅列による連作掌編。

精神病院に十年以上入院している身元不明の青年のDNA螺旋が

逆巻きであると確認され、彼が〈鏡宇宙〉からの珍客であると判明。

彼を巡る医師やテロリストらの思惑が交錯し――。

モーテルの建築術

Motel Architecture(1978年)

サンルームのある高級物件に単身で暮らすテレビ批評家パングボーンは、

メンテナンス会社の新担当者である若い女性ヴェラ・ティリーが現れて以来、

身近に自分以外の何者かの気配を感じるようになった。

最初は逃亡者か何かが身を潜めたのだろうと考えたものの、

徐々に相手が自分に危害を加える意志を持っているようだと思い始めて……。

ヒッチコック『サイコ』前半のクライマックスであるジャネット・リー演ずる

ヒロイン、マリオンがモーテルのシャワールームで殺害されるシーンを

執拗に解析しようとするパングボーン。

映画の中の殺人鬼ノーマン・ベイツに憑依されたかのような彼もまた、

ザコンだったのだろうか?

 

ja.wikipedia.org

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

 

暴走する妄想の物語

A Host of Furious Fancies(1980年)

語り手は、

モンテカルロのオテル・ド・パリのカフェテラスに現れるカップルを眺めている。

背の高いエレガントな若い娘と、ハンサムだが老け込んで、くたびれた風情の男。

二人は仲睦まじい夫婦なのだが、周囲の目には些か奇異な取り合わせに映る。

彼らは一体、何者なのか……。

大人のための残酷なおとぎ話、あるいは、ちょっとしたスケベ心が運の尽き

終盤で語り手が誰だったのか、また、何が狙いだったのかがわかった瞬間、

縺れていた糸が瞬時にパッとほどけるような爽快感を味わった。

ちなみに、解説によれば、

タイトルは17世紀の詩「ベドラムのトム(Tom o' Bedlam)」からの引用とか。

 

youtu.be

 

太陽からの知らせ

News from the Sun(1981年)

ネヴァダ州にて〈遁走〉と名付けられた、

一定の時間、意識を失ってしまう症状に冒された人々。

宇宙飛行が可能になった時代、

それがきっかけとなって人類の時間の概念が崩壊したらしいのだが……。

初期バラードのエッセンスが改めて凝縮された佳品との誉れ高い(らしい)が、

私にとっては退屈だった(スミマセン💧)。

世界の終わりに男が自分にやすらぎをもたらしてくれる女を求めるという図式に

イライラするせいか、はたまた無駄に長いせいか。

 

宇宙時代の記憶

Memories of the Space Age(1982年)

スペース・シャトル内で殺人事件が起きた後、宇宙開発は斜陽産業となり、

ケープ・ケネディ宇宙センター周辺はゴーストタウン化。

そこに妻アンと共に残った医師エドワード・マロリーは……。

事態にけじめを付けようとするエドワードの行為は、さながら

捨身飼虎(餓死寸前の虎の母子のために自ら餌となったサッタ太子の行為)。

 

近未来の神話

Myths of the Near Future(1982年)

謎の病によって偽の記憶を抱える羽目になった人々と、

ジャングルに埋没したケネディ宇宙センターという名の廃墟。

上記「太陽からの知らせ」「宇宙時代の記憶」と同工異曲といった感のある

気だるい世紀末SF。

だが、時間感覚の麻痺~消滅とは、

換言すれば要するに人が死ぬことを表しているのではなかろうか。

 

未確認宇宙ステーションに関する報告書

Report on an Unidentified Space Station(1982年)

無人の宇宙ステーションに緊急着陸した宇宙船の乗組員による報告書、

という体裁の掌編。

探索すればするほど内部は無限に広がっていくかのようで……。

ボルヘス風の法螺話とでも言おうか。

 

攻撃目標

The Object of the Attack1984年)

語り手は英国内務省首席精神医学顧問リチャード・グレヴィル博士。

博士はレーガン大統領とエリザベス女王の暗殺未遂犯である〈少年〉こと

マシュー・ヤングに応対し、動機や背後関係を探ろうとしたが……。

博士は〈少年〉の本当のターゲットは大統領や女王ではなく、

レセプションの招待客の一人である元アメリカ空軍大佐

トーマス・ジェファーソンスタンフォードだったのではないかと思い至る。

スタンフォードは退役後、いくつかの職を歴任し、

遂には新興宗教の教祖に祀り上げられていた……。

グレヴィル博士は中編『殺す(Running Wild,1988)』の語り手と同一人物であり、

事件の真相を悟りながら、それを公にしようとしない態度も共通する。

 

 

百の質問への回答

Answers to a Questionnaire(1985年)

ある事件の容疑者が百の質問に答える、その回答だけを列記した体裁の作品。

読み進めると奇怪な経緯が浮かび上がってくる。

月の上を歩いた男

The Man Who Walked on the Moon(1985年)

フリージャーナリスト 兼 翻訳家だった語り手〈わたし〉は、

いわゆる干された状態になり、同居する妻とも母とも折り合いが悪くなっていた。

そんな折、コパカバーナの小さなカフェで

アメリカ人の元宇宙飛行士スクラントン中佐と称する男に出会って……。

〈わたし〉とスクラントンは各々独りぼっちで「宇宙に向き合った」「深淵を覗いた」

同志であるという連帯感が芽生える、体験あるいは心情の共有を描いた、

滑稽だがペーソス溢れる佳品。

 

第三次世界大戦秘史

The Secret History of World War 3(1988年)

ごく一部の人にしか察知されないうちに第三次世界大戦が始まって終わった、

という話。

その間、高齢のアメリカ大統領ロナルド・レーガンの老体は好不調の波を示し……。

寒冷気候の愛

Love in a Colder Climate(1989年)

感染症の蔓延によって性行為が廃れてしまった世界では、出生率回復のため、

政府が強制的に若い男女のマッチングを行い……というディストピア掌編。

解説によると、タイトルは

ジョージ・オーウェル『葉蘭を窓辺に飾れ(Keep the Aspidistra Flying,1936)』

の一節。

 

 

巨大な空間

The Enormous Space(1989年)

七年間連れ添った妻と離婚した会社員ジェフリー・バランタイン

外界との接触を断とうと決め、

僅かな食料をやり繰りすることにして自宅に引き籠もった。

すると、ジェフリーは、

ごく普通の住居だと思っていた我が家の異様な広さに気づき、

日を追う毎に更に空間が拡がっていく感覚に囚われるようになった……。

解説に「初期作品とのかかわりを考えると興味深い」とあるが、確かに、

作者の収容所体験に根を持つ閉所恐怖症的感覚に基づいて書かれた

「至福一兆(Billennium,1961)」と真反対のベクトルではある。

 

 

世界最大のテーマパーク

The Largest Theme Park in the World(1989年)

欧州統合の結果、地中海沿岸のリゾート地の人気が沸騰し、

休暇を取った人々が押しかけ、しかも、休み明けになっても帰国・帰宅せず、

その土地に住み着いて出自ごとにグループを作り……。

EUが確立された1993年より前に、それについて透視した当時の近未来SF。

これもまたバラード式 Endless Vacation もので、

解説によれば後年の『コカイン・ナイト』へ繋がっていく由。

 

 

素朴な疑問ですが、数多のバラード作品が東京創元社から出ている中、

何故『コカイン・ナイト』は新潮社刊なのだろうか……。

 

戦争熱

War Fever(1989年)

内乱の渦中にあるベイルートで17歳の戦闘員ライアンは

停戦実現のためのアイディアを思いついたが……。

夢の積荷

Dream Cargoes(1990年)

座礁した貨物船プロスペロー号からは船長以下乗組員が逃げ出し、

残ったのはジョンソン一人。

船は不法に処分されようとした化学廃棄物を積んでいた。

生物学者クリスティーン・チェンバーズはその島の植生を研究しており、

ジョンソンと対話し……。

ヴァーチャルな死へのガイド

A Guide to Virtual Death(1992年)

20世紀が終わりを迎える直前に地球上の知的生命体が絶滅し、

その理由を探る手掛かりになるかもしれない資料が発掘された。

それは1999年12月23日の、とあるテレビ番組表だった――。

刺激を求める視聴者のためにエスカレートしていったプログラムの様相が

淡々と提示される濃縮小説(コンデンスト・ノヴェル)。

 

火星からのメッセージ

The Message from Mars(1992年)

2001年、NASAは火星への有人飛行を実施。

乗組員は偉業を成し遂げた英雄として2008年に帰還したが、

何故か地上に着陸しても宇宙船から外へ出ようとせず……。

ある惑星からの報告

Report from an Obscure Planet(1992年)

救難信号を受信して遥かな宇宙空間を移動した一団は、

救出作戦を開始しようとしたが、

人口数十億人と推定される当の惑星に人の姿はなかった。

調査の結果、

その星のカレンダーにおける1999年12月31日24時に深刻な事態が生じたらしいと

推定されたが……。

メタバース霊園の先取りだったのだろうか?

 

J・G・バ***の秘められた自叙伝

The Secret Autobiography of J.G.B.(1981~1982年)

ある朝B氏が目覚めると地元は無人の町になっていた。

B氏が偵察がてら日用品をタダで掻き集めて自宅に引き籠もるという展開で

アニメ『ビューティフル・ドリーマー』を思い出した。

 

 

死の墜落

The Dying Fall(1996年)

ピサの斜塔が倒れた!

それは他でもない語り手〈わたし〉の仕業で……。

死によって分かたれた夫である〈わたし〉と妻・エレーンではあったが、

それによって却って真実の愛が成就したと考え、満足する〈わたし〉なのだった。

Love will tear us apart の逆か、と思ってニヤケてしまった。

youtu.be

 

戦争とヴァカンスと宇宙空間に想いを馳せる強迫観念ワールド、てか。

面白かったのは、能天気な書簡体小説「楽しい時間を」、

幻覚と現実が交差する「ユタ・ビーチの午後」、

シンデレラの物語をベースにし、しかも凝った叙述の「暴走する妄想の物語」、

テロリストの〈少年〉マシュー・ヤングが痛ましくも美しい「攻撃目標」、

先行作品である長編『ハイ・ライズ』(恐怖のタワマン・サヴァイヴァル)の

一戸建て版かと思わされる「巨大な空間」、

高所恐怖症で性的不能者である夫を軽侮しつつ、

彼の企みを受け入れて、最後は満足そうな妻が微笑む「死の墜落」――かな。

 

いやー、お腹いっぱい。

 

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

 

ja.wikipedia.org