深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『フラナリー・オコナー全短篇』上・下

ちくま文庫『フラナリー・オコナー全短篇』㊤㊦読了につき、メモを整理。

あまりネタバレしない方向で……。

 

 

名前と作風は知っていたのですが、

一昨年、アンソロジー『母娘短編小説集』(平凡社ライブラリー)で

「善良な田舎の人たち(Good Country People)」を読んだのがきっかけで、

二冊同時購入→二年も積んでしまいました……💧

 

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『フラナリー・オコナー全短篇』上

短篇集『善人はなかなかいない』

善人はなかなかいない

a Good Man is hard to find

 

一人息子ベイリー一家――ベイリー,妻,男児ジョン・ウェズリー,

女児ジューン・スター,末子の赤ん坊――と同居する愛猫家のおばあちゃん。

彼らは車でフロリダへの旅に出ようとしていたが、おばあちゃんは気が進まず、

東テネシーの親類を訪ねたいと思っている。

脱獄犯がフロリダへ向けて逃走中との新聞記事を目にしたおばあちゃんは

息子たちの気を変えさせようと試みる。

おばあちゃんは独断で愛猫ピティー・シングをバスケットに入れ、

こっそり同乗させた。

途中、ダイナーで食事を取ってドライヴを再開するとアクシデントが起き、

赤ん坊を抱いたベイリーの妻が車外へ転落してしまった。

そこへ三人組の男の車が現れ……。

※言葉遣いの汚い子供らと、その(雑な?)養育・教育者である両親に比べて、

 おばあちゃんは良識ある人物のようだが、

 彼女が我が儘を押し通して旅のルートを変更させた結果、

 思いがけぬ惨劇が出来(しゅったい)する、残酷な不条理劇。

 自らを善人だと信じる老婆と、

 悪人だが一本、筋の通ったはみ出しものの対比が鮮やか。

 ちっぽけな自称善人なぞ一顧だにしない無慈悲な神の視点。

 

The River

早朝からチャイルドシッターに預けられた男児ハリー・アシュフィールド。

ハリーは信心深いミセス・コニンに連れられて説教師ベヴェル・サマーズのもとへ。

河の中、岸から離れたところで膝まで水に浸かった若くて背の高いサマーズ師は、

「イエスの血で作られた豊かな赤い河に苦しみを浸せ」と訴え、

まだ洗礼を受けていないというハリーの足首を掴んで頭から水に突っ込んだ。

母のために祈りたいと述べていたハリーだったが……。

※ネグレクトとまでは行かないまでも放置されがちだった幼児が

 新たな人間関係と経験を得て目覚める話。

 河は幼児に浸礼を施したのだった。

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生きのこるために

The Life you save may by your own

隻腕の流れ者トム・T・シフトレットは、老女ルシネル・クレーターと

その娘で名前も同じ耳の聞こえないルシネルが暮らす農場に辿り着く。

彼は甲斐甲斐しく力仕事などをこなし、

娘ルシネルとの結婚を認めてもらいたいと申し出たが……。

※タイトルは、当時のアメリカの道路沿いの看板によく見られた

 救うべき命は、あなた自身のものかもしれない(運転に注意せよ)に由来。

 

不意打ちの幸運

a Stroke of Good Fortune

夫と共に集合住宅で暮らす34歳のルビーは、

多産で苦労し若くして老け込んでしまった母を思うにつけ、

自分はそうなりたくないと考えていた。

手相見のマダム・ゾリーダに占ってもらったところ、

「長くかかる病気に見舞われるが、それによって思いがけない幸運に恵まれるだろう」

と告げられ……。

※妊娠という一つの事象が神からの罰と恩寵の二つの意味を持つという話。

 

聖霊のやどる宮

a Temple of the Holy Ghost

聖スコラスティカ山修道院付属女子中学の生徒、14歳のジョアンとスーザンは週末、

親類の家へ。

そこには彼女らより二つ年下の女の子がいる。

二歳しか離れていないが、ジョアンとスーザンは女の子を子供と思って侮っているし、

女の子はと言えば二人を愚か者と見なしているのだった。

町には共進会(畜産物の品評会)に付帯する祭りの時期が訪れていた。

深夜に帰宅したジョアンとスーザンは女の子に見世物小屋の話をした。

女の子は自分なりに考えを巡らせて、それがどういうことなのか理解しようと努めた。

※女の子はジョアンとスーザンの目撃談から、

 人間の肉体は聖霊の神殿であるという聖書の教えを理解するに至った。

 洗礼や堅信によって聖霊が宿る身体は神聖であり、

 自分自身だけの所有物ではなく神の栄光のためにあるのだ――と。

※※何故か、この肝心な女の子には名前がない。

 

人造黒人

The Artificial Nigger

年老いたミスタ・ヘッドは孫のネルソンと二人暮らし。

妻の没後、娘が家出し、産まれた子と共に戻って来たが、

娘が突然死してしまったからだった。

ある日、ミスタ・ヘッドはネルソンを連れて列車に乗り、日帰り観光を試みた。

しかし、人種差別意識が強く、しかも世間知らずな彼らにとって、

短い旅は苦いものとなった。

※ショッキングなタイトルはヘッドとネルソンが道に迷って不安に駆られ、

 混乱した揚げ句、彼らを救済するように(?)姿を現した石膏像を指す。

 祖父と孫は、その無機物を通して連帯感を取り戻し、

 更には神の恩寵に触れたかのような心持ちになったのだった。

※※都会の片隅で道に迷い、パニックから通行人と衝突してトラブルを引き起こした

  孫を、祖父は「知らない」と言ってしまう。

  これは聖書における「ペテロの否認」のメタファーと解釈される。

 

火の中の輪

a Circle in the Fire

牧場主ミセス・コープのもとへ、以前親がここで働いていたという少年と、

その友人たちがやって来て敷地の片隅に居座る。

ミセス・コープは厄介事はごめんだと思いつつ滞在を許可したのだが、

彼らに火事を引き起こされることを恐れていた。

※少年たちは昔ながらの古臭い環境を破壊し、

 後に新しいものが出来ればいいと考えているようだが、

 しっかりした信念は特になさそう。

 もっと残酷な結末を想像していたが、そこまでひどい話ではなかった。

 

旧敵との出逢い

a Late Encounter with the Enemy

孫娘サリーと同居するサッシュ将軍は御年104歳。

サリーは必要な単位取得に時間がかかり、現在62歳で大学卒業を目前に控えている。

卒業式には正装した将軍が車椅子で列席する予定。

はてさて……。

※乾いたブラックユーモアが小気味よいが、結局誰が旧敵なのか、わからなかった。

 

田舎の善人

Good Country People

農場主ミセス・ホープウェルは32歳の娘ジョイの考えが理解できない。

ジョイは幼少期の事故で片足が義足、

哲学を学んで博士号を授与されている才媛なのだが、無神論者である点や、

母への反抗心から改名してハルガと名乗っていること、また、

障害のためもあって、ほぼ家に閉じ籠もりきりで他者と交遊を結ばず、

恋愛や結婚に至る気配が見えないことが、

古い価値観に従って生きる母をモヤモヤした気分にさせていた。

ある日、聖書のセールスマンだというスーツケースを引き摺った若者がやって来て、

マンリー・ポインターと名乗り、ホープウェル家で共に食事を取って帰ったのだが、

彼は夫人が見ていないところでジョイと短い会話をし、

デートの約束を取り付けていた。

ジョイはずっと年下に違いない、善良でしかも初心(うぶ)そうなマンリーを

からかうつもりだったが、逆に手玉に取られてしまい……。

※アンソロジー『母娘短篇小説集』にて

 利根川真紀=訳「善良な田舎の人たち」を既読。

※※概要は春日武彦先生の盛大なネタばらしレビュー(エッセイ)で知っていた。

  どの本だったか失念したが、

  まっさらな状態で接してガツンと衝撃を受けたかったものだ。

 

強制追放者

The Displaced Person

ナチス・ドイツの迫害から逃れたポーランド人ガイザック一家が、

地域の教会の神父の斡旋で農場に勤めることに。

ガイザックは有能な働き者で仕事は捗ったが、

それによって割を食うことになった従業員が不満を募らせる。

経営者ミセス・マッキンタイアは

アメリカ移住のために身内を契約結婚させようと考えるガイザックに嫌悪感を催し、

解雇しようと思い立ったが踏ん切りが付かずにいた、そんなある日――。

※ミセス・マッキンタイアが、うっすらとした罪悪感・後ろめたさから

 ガイザックをスッパリ馘に出来なかったことが悲劇の遠因になった、

 とも考えられる。

 

初期作品

ゼラニウム

The Geranium

年老いたダッドリーは故郷を離れてニューヨークで暮らす娘のもとに身を寄せるが、

そこでの生活に馴染めない。

彼は古きよき時代や往時の慣習、雰囲気に囚われ過ぎているのだった。

彼の心を和ませるのは向かいの建物の張り出し窓に毎日決まった時刻に姿を現す

ゼラニウムの鉢植えだった。

その花の愛らしさが故郷や往年を偲ばす縁(よすが)になるからだったが……。

 

床屋

The Barber

保守的風土の町ディルトンで政治談議に加わるのは厄介だと思う大学の講師レイバー。

彼は自由主義者なのだが、床屋で髭を剃ってもらおうとすると、

店主や他の客に絡まれて気が休まらないし時間を浪費してしまうのだ。

頭の中では巧みに反論を構築できるものの……。

※保守とリベラル、都市部の知識層と田舎の労働者階級の対立といった構図は

 現代のネット社会における議論の分断を思わせる普遍的な鋭さを持つ。

 

オオヤマネコ

Wildcat

盲目のガブリエル老人は人をも襲いかねないオオヤマネコの気配を察知し……。

※「もし顔を引き裂かれたら天国で神様に合わせる顔がない」と

 恐怖を覚える老人の、間近に迫った死への恐れとの静かな格闘が描かれるが、

 これも信頼できない語り手スタイルの一種か?

 

収穫

The Crop

作家を志すミス・ウィラートンは家事を終えると小説の構想を練る。

だが、男女のキャラクターが言い争いを始めてしまったため、彼女は物語に介入。

女性キャラクターを殴って退場させ、

自らが男性キャラクターのパートナーとして仕事をし、子育てをし……。

※ややコミカルなメタフィクション。
 コントとして舞台化・映像化されても面白そう。

 

七面鳥

The Turkey

11歳の少年ララーは周囲にかっこいいところを見せたいと考えている。

年の離れた兄ヘインは15歳のときから素行が不良化し、

家族は手の打ちようがないと諦めているので、

ララーとしては兄とは違った様式で自己主張したいのだった。

偶然、七面鳥の死骸を見つけたララーは

それを自力で仕留めたことにして皆に自慢しようと思ったが……。

※不良グループに絡まれて悄然としたララーは何ものかが背後に迫る気配を察する。

 それはどうやら、彼に偶然の恵みをもたらしたであるらしい。

 

列車

The Train

ヘイズは寝台車で旅に出た。

自分の車両の担当ポーターが、

旧知の老人キャッシュじいさんを若くしたかのような面差しと背格好だったので、

ヘイズは彼を、じいさんの息子に違いないと思って話しかけるが冷たくあしらわれる。

納得がいかないヘイズだったが、夜も更けて上段のベッドで眠ることにした。

すると……。

※亡母の死に際の様子を思い出したヘイズは列車の寝台を棺桶のようだと感じ、

 死して尚、自分を束縛しようとするかのような母を恐れ、パニックに陥る。

 

『フラナリー・オコナー全短篇』下

短篇集『すべて上昇するものは一点に集まる』

すべて上昇するものは一点に集まる

Everything that rises must converge

ジュリアンは南部の旧家出身であることに誇りを持ち続ける母を

時代錯誤で鬱陶しいと思っている。

母がダイエット教室に通う際、付き添ってやるジュリアンだったが、

ある晩、母が、息子の目には奇体に映る帽子を被って出発した。

二人がバスに乗り込むと……。

※暴力や衝撃的な出来事を通じて、登場人物が抱える偽善や傲慢さが露わになる。

 母を軽侮しつつ護衛を務める大卒ニート青年&

 息子に「早く就職しろ」と思いながら傍でいろいろ手伝ってほしいから

 突き放せない母は、共依存の関係にあると言えそう。

※※母はダイエット教室へ向かわず「おうちへ帰る」と繰り返すが、

  それは現在の自宅でなく、

  彼女にとっての古きよき時代を象徴する、かつての屋敷を指すのではないか。

※※※キリスト教神秘主義者テイヤール・ド・シャルダンの思想、

   すべてが神の愛という一点に向かって上昇していく――という概念への

   アイロニーなのだそうだ。

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グリーンリーフ

Greenleaf

ミセス・メイは夫が遺した農場を切り盛りする未亡人。

二人の息子らはそれぞれに職を持ち、母を手伝おうとしていない。

ある日、雇い人であるミスター・グリーンリーフの家の牡牛が

メイ家の敷地に迷い込み、不快に思ったミセス・メイは、

その牛を射殺するようミスター・グリーンリーフに要請したのだが……。

※仕事が忙しい上に家事も一人でこなしているのに誰からも労ってもらえず、

 息子たちからは軽侮の眼差しと言葉を浴びせられるミセス・メイは、

 自分よりも貧しく愚かに違いないとグリーンリーフ一家を見下しつつ、反面、

 結束が固いように思える彼らを――特に息子二人が親の仕事に協力していることを

 ――羨んでいた模様。

※※暴力的で理不尽なオチだが、それはミセス・メイにとって

  諸々の桎梏からの解放という意味で思いがけない恩寵だったに違いない。

  逆に言えば、彼女は、この究極の結末なしには

  どこへも脱出することができない気の毒な人だったとも考えられる。

※※※牡牛の角が女性の肉体に陥入すること=不同意性交のメタファー、

   という気がする。

   恐らく欲求不満だったに違いない未亡人は

   得も言われぬ歓びに包まれて果てたのだろう。

   倉橋由美子「悪い夏」を想起した。

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森の景色

a View of the Woods

79歳の地主マーク・フォーチュンは偏屈な老人だが9歳の孫娘メアリにだけは優しく

彼女を心の底から慈しんでいた。

メアリは活発で生意気な可愛らしい少女なのだが、

時折父親の機嫌を損ねて折檻されることがあった。

しかし、彼女は繰り返される一時的な暴力を都度、甘んじて受け入れていた。

元々、婿ピッツを気に入っていないマーク老人にはそれが許せない。

老人はピッツへの嫌がらせの意味も込めて土地の売却を強行。

すると……。

※環境破壊への皮肉な警鐘、あるいは、

 家族間の関係(序列)を無視したことへの報いとも受け取れるが、

 結末は奇妙に荘厳。

 

長引く悪寒

The Enduring Chill

都会へ出て作家として成功したいと考えていた青年アズベリーは

自らの限界を悟って帰郷した。

彼は原因不明の悪寒に不安を覚え、

不治の病に違いないと思って遺書をしたためたのだが……。

※母や姉を知的な人間でないと見下し、

 夭折するアーティストのイメージを重ねて自身を美化しようとした

 高慢な青年の鼻が折られる話。

 悪態をつかれても苦言を呈さず、

 甲斐甲斐しく世話を焼こうとする子離れの出来ない母と、

 文句を言いながらそれに甘える親離れの出来ない息子――を、

 娘(アズベリーの姉で地元の小学校校長メアリ・ジョージ)が

 冷笑的に眺める様が小気味よい。

※※訳者あとがきによれば、

  アズベリーの年齢は作者フラナリー・オコナーが発病したのと同じ

  25歳に設定されており、彼女は母親に看護される自分の戯画として

  アズベリーのキャラクターを造形した由。

  病気に由来する自己憐憫を許すまいとして

  作中で自らを滑稽なまでに相対化した――とのこと。

※※※読んでいると頭の中で岡崎京子マンガとして物語が進行した。

   作風に親和性の高さを感じた次第。

 

家庭のやすらぎ

The Comforts of Home

父を亡くし、母と二人暮らしのトマス35歳。

母は気の毒な身の上の娘さんを助けたいと言って、

軽犯罪で逮捕歴のある19歳のスター・ドレイクこと本名サラ・ハムを連れてきた。

軽薄な小娘に落ち着いた家の空気を掻き乱されることに立腹したトマスは

こんなとき亡父なら何と言い、どう対応するだろうか――と考えながら、

サラを排除すべく策を練る。

だが、生前の父と折り合いがよかったわけではないトマスにとって、

父の幻にあれこれ指図されるのも不愉快ではあった。

ある日、トマスは護身用の拳銃が持ち出されたと気づいて保安官に相談し……。

※他人に優しく、親切にしたいという

 母の独りよがりな善意が反転する皮肉な話。

※※ここでも主人公の青年はとうに成人済でありながら実家(母親)から

  離れられない子供部屋おじさんである。

  母と息子は最も極端かつ残酷な形で共依存関係の殻を破壊したということか。

 

障害者優先

The lame shall enter first

妻に先立たれ、10歳の息子ノートンと暮らすシェパードは

カウンセリングの訓練を受け、少年院退所者のケアに当たっている。

片脚の不自由な14歳のルーファス・ジョンソンの世話を焼いてきたシェパードは、

親族との折り合いが悪いルーファスを自宅に同居させることが

ノートンの精神的な成長を促す手助けにもなるだろうと考えたが、

ルーファスは反抗的で、顔を合わせるや否やノートンをからかい、

シェパード家に不穏な空気を充満させる。

タイトルは「障害者(足の不自由な者)が真っ先に天国に入る」という意味。

 人間の傲慢な理性や上辺だけの善意よりも、

 弱さや罪を自覚している者こそが神に救われるという

 キリスト教的なテーマが込められている。

※※相手のためによかれと思って――と言いつつ、

  本当は自己満足に過ぎないのだが――あれこれ手を尽くそうとしていた人が

  ハタと我に返る瞬間(蛙化現象🐸❓)がリアル。

※※※亡母が遠い空にいると信じて、

   夜毎、屋根裏部屋で天体望遠鏡を覗くノートンが痛ましい……。

 

啓示

Revelation

夫に付き添って病院へやって来たミセス・ターピンは

待合室で居合わせた上品な婦人と対話しつつ、

自分が神に支えられて幸福に暮らせていることに想いを巡らせて満悦する。

だが、その婦人の大学生の娘に罵声を浴びせられ……。

※人種差別及び階級意識が強く、自己満足に浸る高慢な女性が

 予期せぬ出来事を通じて精神的な啓示を受ける。

 

パーカーの背中

Parker's Back

流れ者O.E.パーカーは信心深いサラ・ルース・ケイツと出会い、

互いに価値観が異なり、とても気が合うとは思えないにもかかわらず、

何故か心惹かれて結婚し、サラは妊娠する。

しかし、パーカーの心は満たされない。

彼は少年の頃、祭りの見世物で全身に刺青を施した男を見て感動し、以後、

自身の皮膚に少しずつ様々な意匠の刺青を入れてもらうようになった。

残された空間は最も自分自身の目で確認しづらい背中。

ある日、彼は遂に背中にキリスト像を彫ってもらうことにした。

その図像なら、

彼の趣味に否定的な妻でも好きになってくれそうだと思ったからだった。

※しかし、空虚感は一向に埋まらないのだった。

 

よみがえりの日

Judgement Day

妻に先立たれたタナー老人は結婚した娘のもとに身を寄せ、

慣れない都会のマンション暮らしに呻吟する。

何とかして故郷へ帰るため知恵を絞る老人だったが……。

 

後期作品

パートリッジ祭

The Partridge Festival

田舎町パートリッジでは毎年《つつじ祭り》が開催される。

それは作家志望の青年カルフーンの祖父が創設したものだったが、

彼には興味がないし、

その度に親類と顔を突き合わせてどうでもいい話を聞かされるのも嫌いだった。

だが、今年はいつもとは違った。

直前に大事件が起きたのだ。

カルフーンはパートリッジが抱えるのほほんとした異常さを白日の下に晒すべく、

病院に押し込められた加害者ウォルター・シングルトン老人と面会しようとする。

※町のシンボルである祭りのバッジの購入を拒否したウォルター・シングルトンが

 私刑によって辱めを受けた結果、都合六名を銃撃し、殺害したにもかかわらず、

 何事もなかったかのように祭りが始まったことに呆れるカルフーンと

 幼馴染みのメアリ・エリザベス。

 二人は互いに相手を低俗な人間と思い込み、反目するものの、

 協力してシングルトン老人の許へ……。

※※序盤のどうでもいいようなお喋りが、

  町中を覆う偽善・事なかれ主義、かと思えば異端分子の排除など、

  嫌な事情を開陳する前奏曲になっている。

なにゆえ国々は騒ぎ立つ

Why do the Heathen Rage ? 

一家の主が脳卒中で倒れたのだが、

後を継ぐはずだった息子ウォルター28歳にはまったくそんな気がなく、

母をやきもきさせる。

※Geminiによれば作者が構想していた長編の断片だったとか。

 

早逝した作家が気力・体力の続く限り命を振り絞って書いたらしい短編群。

家族に負担をかけざるを得ない病身の自分を甘やかさないよう、

厳しい態度で執筆に励んだ結果……なのか、

性別を反転させた二十代半ばから三十代半ばくらいの青年と母親との関係に

焦点を当てた作品が目立つ。

 

昔のアメリカの、しかも保守的な風土の町を舞台にした物語がほとんどなのだが、

何者かになりたいと考えながら研鑽の足りない子供部屋おじさん

自立を促すのでなく、

ずっと自分の傍にいてくれた方がいいと考えていそうな母親の、

真綿でくるみ込むような愛の重さ――というのは普遍的な題材と言えるだろう。

 

ja.wikipedia.org

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ブックレビュー『金田一耕助の間取り』

横溝正史が生み出した名探偵・金田一耕助が

事件の謎を解くために足を踏み入れた数々の邸宅について、

叙述から建築様式や間取りを推察して解説し、

一級建築士がそれをヴィジュアライズした『金田一耕助の間取り』を読了。

 

金田一耕助の間取り

金田一耕助の間取り

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壱番目の事件■本陣殺人事件

1937年、岡山県の旧本陣である一柳家で起きた密室殺人事件。

一柳家は実は明治維新の際に元の屋敷を引き払い、

周囲の土地を買い占めて大地主になった一種の成金だった。

事件は明治初年に建造されたと考えられる新・一柳邸で発生した。

その、やや風変わりな構造について。

※部屋数の多い平屋なのだが、

 居住者のプライベートエリアがミチミチと密集しつつ、

 和室だから音は筒抜けなのだろうな……という印象で、居心地はよくなさそう。

 

弐番目の事件■獄門島

1946年、復員した金田一耕助は病死した戦友・鬼頭千万太の遺言に従って獄門島へ。

「甍の迷路のよう」で「内部の複雑な、非生産的な構造を思わせる」鬼頭家の外観は、

先の当主・嘉右衛門が普請道楽で建て増しを重ねたことに由来するという。

※座敷牢が意外に広々として清潔だったことを確認。

 それにしても部屋数が……(笑)。

 

参番目の事件■黒猫亭事件

1947年、東京郊外の居酒屋の裏庭から掘り出された女性の腐乱死体。

店主の妻に嫌疑がかかるが――。

戦後の焼け跡と無事だった広大な境内を持つ寺の狭間にある質素な建物が事件現場。

モデルになった場所があったのだろうが、名称が伏せられているため、

不気味さ・ミステリアスさに拍車が掛かっている。

 

肆番目の事件■八つ墓村

戦国時代に落ち武者を殺害して葬った首謀者の子孫・田治見要蔵は

村人を惨殺して消息を絶った。

戦後、要蔵の息子・寺田辰弥は跡取りとして迎えられたものの――。

※家というより旅館、否、ほとんど迷路のような田治見邸……。

 

伍番目の事件■犬神家の一族

犬神財閥の創始者・佐兵衛の遺言状を巡って遺族の争いが――。

※信州の湖畔の大豪邸にはいくつかの離れがある。

 犬神佐兵衛が複数の愛人に

 少しずつ離れた場所に居住スペースを宛がったためだった。

 

陸番目の事件■迷路荘の惨劇

明治の元老・古舘種人伯爵が富士の裾野に建てた名琅荘には

暗殺対策のため抜け穴など様々な仕掛けが施されていた。

別名《迷路荘》と称される豪邸を昭和25年に入手した新興財閥の篠崎氏だったが、

種人の孫・辰人が怪死し……。

 

柒番目の事件■女王蜂

伊豆下田沖の月琴島に屋敷を構える大道寺家の娘・智子は

18歳になったら東京の義父の家で暮らすことになっていたが、脅迫状が届き、

その文言どおりに彼女に求婚する青年たちが殺害され……。

※本邸と廊下で繋がった唐風建築の別館にある開かずの間、

 修善寺の旅館・松籟荘、行者・九十九龍馬の(けしからん)道場💢 等々。

 

コラム壱□井出野屋旅館

『犬神家の一族』で金田一耕助が逗留した《那須ホテル》としてロケが行われた

長野県佐久市の井出野屋旅館のこと。

 

捌番目の事件■幽霊座

金田一耕助が駆け出しの探偵だった頃、

友人の歌舞伎役者・佐野川鶴之助が舞台中に失踪した。

鶴之助は亡くなったと捉えられ、後年、十七回忌の追善興行が催されたのだが――。

※事件が起きた劇場《稲妻座》の配置図・間取り、舞台上のからくりについて。

 

玖番目の事件■蜃気楼島の情熱

金田一耕助はパトロンから富豪・志賀泰三を紹介された。

志賀は瀬戸内海の小島の屋敷で妻と共に暮らしていたのだが……。

※渡辺金蔵の《二笑亭》がヒントになったと言われる奇怪な豪邸の設定。

 使用人の居室もあるのだからと言われても「それにしたって!」と

 ツッコミたくなるほどの部屋数💧

 本土との行き来に用いられる小型艇のデザインも凝っている!

booklog.jp

 

拾番目の事件■悪魔の手毬唄

昭和30年、岡山県の鬼首村で

若い娘たちが手毬唄の歌詞のとおりに連続して殺害された。

背後には、その二十三年前に発生した未解決事件が……。

※《亀の湯》は旅館だから変な間取りではない。

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

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コラム弐□横溝正史疎開宅

岡山県倉敷市の《横溝正史疎開宅》のこと。

※旅行で倉敷へ足を向けた際、立ち寄らなかったのを後悔している。

www.city.kurashiki.okayama.jp

 

拾壱番目の事件■三つ首塔

巨額の遺産相続の条件は指定された男性と結婚すること。

だが、彼は殺害されてしまい……。

宮本音禰と亡くなった夫候補者の従弟・高頭五郎の大冒険。

 

拾弐番目の事件■白と黒

昭和35年、世田谷区の新築の団地に怪文書が。

金田一耕助が赴くや否や発見された変死体は……。

※ダストシュートのある大所帯の団地(主たる間取りは2LDK)での事件。

 

拾参番目の事件■病院坂の首縊りの家

奇怪な未解決事件から二十年後、当時の関係者が相次いで殺害され……。

※廃墟と化した港区の法眼病院と隣接する法眼邸、及び、

 その近隣の本條写真館のこと。

 

拾肆番目の事件■金田一耕助の住まい 上

復員した金田一耕助は同郷人・風間俊六の誘いで

大森の割烹旅館《松月》の離れに住むことに。

金田一はそこを自宅兼探偵事務所とした。

間取り図を見るとセパレートのバス・トイレ(但し和式)、

洗面所の他に和室が二間で、自炊しない単身者なら充分な居住空間と言えそう。

及び、謎多き銀座裏の三角ビルについて。 

 

拾伍番目の事件■金田一耕助の住まい 下

《松月》の離れを出た金田一耕助は世田谷区の高級アパート緑ケ丘荘へ。

3SK(洋間×3,納戸,キッチン)+セパレートのバス・トイレ(但し和式)で

ファミリータイプの賃貸マンションといったところ。

かなりいい部屋ではなかろうか。

 

ja.wikipedia.org

 

ブックレビュー『物語要素事典』

2024年11月初旬に購入した神山重彦『物語要素事典』(国書刊行会)を

1年7ヶ月半かかって読了!!!

 

物語要素事典

物語要素事典

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古今東西の文学、映画、演劇、落語、昔話、歌舞伎、神話、マンガ、都市伝説――

あらゆる物語の核心を縦横無尽に照らし出す無類の大事典は、

さながらミニ バベルの図書館といった趣。

 

ja.wikipedia.org

 

さて。

通読して個人的に特に引っ掛かった項目を列記したいと思います。

一部ネタバレがございます m(_ _)m

 

 

【アイデンティティ】

1 自分が誰だかわからなくなる男。

『ドグラ・マグラ』(夢野久作)

◉一切の記憶を失い精神病院で目覚めた「わたし」は[後略]

※大長編のあらすじが数行で記されているのを見て椅子からズッコケた💧

【足跡からわかること】

2 足が宙に浮いていれば、足跡はつかない。

『ドイツ伝説集』(グリム)四五七「エギンハルトとエマ」

◉[前略]男の大きな足跡があっては密会が露顕するので、エマがエギンハルトを背負って彼の宿所まで運ぶ

※怪力の女子か!

【雨】

2 人を死にいたらせる雨。

『雨の朝パリに死す』(ブルックス)

◉[前略]氷雨に打たれ、病気になって死ぬ。

【生霊】

2 生霊が人間に手助けを請う。

『今昔物語集』巻二七‐ 二〇

◉近江国の女が民部大夫の妻となったが、やがて棄てられた。女は恨み、身体から生霊が抜け出て、民部大夫の住む京へ行く。生霊は途中で道に迷い、通りかかった旅人に頼んで、民部大夫の家まで連れて行ってもらう。[後略]

※肉体がなければ融通無碍とは限らないのですな。

【犬に転生】

1 人間が犬に転生する。

『今昔物語集』巻三‐二〇

◉天竺の男が火天(火の神アグニ)を祭り、死後は梵天(欲界を離れた天上界)に生まれることを願った。しかし彼は、犬となって再びこの世に転生し、息子の家で飼われる。[後略]

※『チベット幻想奇譚』収録、チベット仏教の輪廻転生譚に由来するエ・ニマ・ツェリン「犬になった男」も同様。

【飢え】

7 飢えた人が、高額の食事代金を支払う。

『モンテ・クリスト伯』(デュマ)一一四~一一六

◉銀行家ダングラールは、モンテ・クリスト伯によって破産に追い込まれ、最後に残った五百万フランの小切手と五万フランの現金を持って、国外へ逃げようとする。しかし山賊に捕らわれ、一室に閉じ込められて、パン一つ・鶏肉一皿に、それぞれ十万フランずつ要求される。ダングラールは飢えに堪えられず、二週間ほどで五百万フランを使い尽くす。[後略]

【馬】

1a 馬と結婚の約束をする娘。

『捜神記』巻一四‐三五〇

◉娘が馬に、「遠方に赴任している父を連れ帰ってくれるなら、お前の嫁になろう」と冗談を言う。馬は父のもとへ駆け、父を連れ帰って娘を要求する。父は怒って馬を殺し、皮を剝ぐ。皮は娘を包みこんで飛び去り、やがて庭の樹上で蚕と化して糸を吐いた。良質の糸が多く取れたので、その樹を「桑」と名づけた。「桑」とは「喪」の意味である。

2 馬が動かなくなる。

『蒙求』二二五所引『西京雑記』

◉籘公が車で東都門に行った時のこと。車を引く馬が急に鳴き出し、足をかがめて進もうとせず、前足で地をかいた。士卒がそこを掘ると石棺があり、古体の文字で「三千年後に、籘公なる者がここに葬られよう」と記してあった。

【占い】

1 未来の禍福を知る。

『英草紙』第八篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」

◉神社のほとりで占いをする白水翁に、茅渟官平という侍が八卦を見てもらう。白水翁が「貴君は今夜の三更(午前〇時前後)に死ぬ」と占うので、官平は怒って帰る。しかし占いは的中し、その夜、官平は寝間を飛び出して、橋上から川へ身を投げて死んだ。

【踊り】

3a 猫の踊り。

猫の踊りの伝説

◉戸塚の某家で、手拭が毎晩一本ずつなくなった。主人が気をつけていると、飼い猫が手拭をくわえて逃げたので、主人は不思議に思う。近くの「踊り場」という所で、近所の猫たちが毎夜集まって踊っており、踊る時に頭にかぶる手拭を、猫は持ち出したのだった(神奈川県横浜市戸塚区)。

ja.wikipedia.org

【蚊】

2 奈良に蚊が多いわけ。

文武王の伝説

◉昔、文武王という、人間の生き血を吸うことが好きな王様がいた。家来たちは王子と相談して、文武王を生駒山の岩屋に入れ、戸を閉めてしまった。家来たちは王子に、「けっして戸を開けてはいけません」と言ったが、三十日ほどすると、王子は「もう良いだろう」と、戸を開けた。とたんにブンブとうなりをあげて、幾万もの蚊が飛び出した。文武王が蚊に化したのだ。それで、今でも奈良には蚊が多い(奈良県生駒山)。

【仮死】

2 女がいったん仮死状態になり、その後、男と駆け落ちする。

『閲微草堂筆記』

◉茉莉花の根を磨り、酒に混ぜて飲むと、仮死する。根の長さが一寸ならば、仮死すること一日にして蘇生する。六~七寸ならば、数日後に蘇生する。根の長さ七寸以上を用いれば、本当に死んでしまう。一人の娘が、婚約者がありながら、他の男と情を通じた。娘は男と相談の上で茉莉花を服し、死んだと見なされて葬られる。男は棺をあばいて娘を連れ出し、隣県へ駆け落ちした。

【河童】

2 河童駒引き。

ねね子河童(水木しげる『図説日本妖怪大全』)

◉利根川に棲む「ねね子(弥弥子)河童」は、女の河童である。いけすの魚を盗んで食べたり、子供を川へ引きずり込んだり、胡瓜畑を荒らしたり、悪いことばかりしていた。ある夏の夕暮れ、ねね子は馬を川へ引き込もうとして、侍に捕らえられた。ねね子は侍に詫び、切り傷の妙薬の秘法を教えて、水中に没した。

※この項を読んでやっと、

 ささやななえ(ささやななえこ)「河童」〔『化粧曼荼羅』収録〕に登場する

 子供の名が「ネネコ」であることに合点が行った💧

【髪】

2 逆立つ髪。

『毛抜』(歌舞伎十八番)

◉小野春道の息女錦の前は髪が逆立つ奇病にかかり、文屋豊秀との結婚が延引される。これは、両家の婚約を破棄させてお家乗っ取りをたくらむ悪家老の陰謀で、錦の前に鉄製の髪飾りをさせ、天井裏から大磁石で髪を吸い寄せていたのだった。

【観法】

5 次の例は、禅師が「無」を観じていたために、その姿が見えなかったのであろう。

『雨月物語』巻之五「青頭巾」

◉旅の快庵禅師が、山寺に宿を請う。山寺の僧は鬼畜の境涯に陥っており、快庵禅師を喰おうとして、月明の夜、寺中を捜し回る。しかし、どこにも快庵禅師の姿は見えない。快庵禅師は終夜眠らず一所に坐しており、朝になって僧はようやく快庵禅師の姿を見出す。僧は「鬼畜の目で活仏を見ることができないのは当然だ」と言って、恥じ入る。

†『変身』(カフカ)の主人公グレゴール・ザムザは、自身を「毒虫のようなものだ」と観じていたゆえに、家族の目から彼が毒虫に見えたのかもしれない→【変身(人から動物に)】3。

※これはまさしく楳図かずお「蟲たちの家」🕷

【吸血鬼】

5 恙虫は、人の血を吸って殺す。

『絵本百物語』第三八「恙虫」

◉斉明天皇の御代(六五五~六六一)。石見の国・八上の山奥に「つつが」という虫がいた。夜、「つつが」は人家に侵入し、眠る人の生き血を吸って殺した。天皇の命令で博士某が「つつが」を封じ込め、人々は「つつが」に殺される心配から解放された。以来、無事であることを、「つつがなし」というようになった。

【巨人】

5b 巨人伝説の起源は、膨張した溺死体だったかもしれない。

『巨人の磯』(松本清張)

◉秋の夜。法医学者の清水は常陸の大洗海岸で、普通の人間の三倍くらいもある巨大な溺死体を発見した。臓器内の腐敗からガスが発生し、異常に膨れ上がったのである。『常陸国風土記』の巨人伝説は、そのような溺死体を見た古代人の恐怖から生まれたのかもしれない、と清水は考えた〔*溺死体は殺害されたものだった。犯人は殺害日時をごまかすために、死体を風呂の湯で煮てから海へ棄てたのだ〕。

※J.G.バラード「溺れた巨人」(The Drowned Giant,1964)

 連想せずにいられない……。

【硬貨】

1 電話に必要な硬貨。

『百円硬貨』(松本清張)

◉昭和五十年代。東京の銀行に勤める村川伴子は、土曜の午後に三千万円を盗み出し、日曜の朝、山陰地方の小駅に着いた。公衆電話で愛人に連絡しようと思うが、それに必要な百円硬貨がない。一万円札をくずすために近距離の切符を買おうとすると、「早朝ゆえ、何千円ものツリ銭の用意がない」と断られた。あせった伴子は、他の客がツリ銭として受け取る百円硬貨に手を伸ばし、逮捕された〔*松本清張自身が、電話に必要な小銭を持ち合わせず困った体験から、着想されたという〕。

【誤解による殺害】

3 逆に、「人を殺した」と誤解する。

『暗殺の森』(ベルトルッチ)

◉マルチェロ(演ずるのはジャン・ルイ・トランティニャン)は十三歳の時、同性愛者リーノに犯されそうになり、拳銃で彼を撃って逃げた。人を殺した罪の意識から逃れるために、マルチェロは「社会の秩序を守る正しい人間になろう」と考え、ファシズム体制下の秘密警察の一員となる。彼は同志たちとともに、反ファシズムの教授クアドリー夫妻を暗殺した。やがてムッソリーニが失脚し、ファシズム崩壊を喜ぶ人々が街にあふれる。その中にリーノの姿を見て、マルチェロは驚愕する。リーノは生きていた。マルチェロは、誤解と虚構の上に自らの人生を築いてきたのだ。

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fukagawa-natsumi.hatenablog.com

【初夜】

1 新婚初夜の怪

『日本霊異記』中‐三三

◉富家の美しい娘万子(よろずのこ)に、一人の男が多くの品を贈り求婚する。二人は閨に入るが、その夜、閨の内で「痛や」という声が三度あがる。万子の父母は、「まだ性交に慣れぬから痛むのだろう」と誤解し、助けに行かず寝てしまう。翌朝、閨の戸を開けると、万子の身体は頭と一本の指だけを残し、すべて喰われていた。

【人造人間】

1 本物の人間たちの中に混じっていても、見分けがつかない人造人間

『撰集抄』巻五‐一五

◉伏見の前中納言師仲卿が、西行に語った。「私は四条大納言公任の流れを受けて、人を造った。今、それは卿相となっているが、誰であるか明かせば、造った者も、造られた者も、溶け失せてしまう。それゆえ、口外しないのである」〔*西行も人を造ったが、うまくできなかった〕→【人造人間】3。

【狸】

8 狸のいたずら。

『まめだ』(落語)

◉膏薬屋の息子が歌舞伎の役者をしていた。雨の夜、傘の上に豆狸が乗って悪戯をするので、息子はトンボを切り、豆狸は地面に落ちて怪我をする。豆狸は怪我を治そうと、小僧に化けて膏薬を買いに来る。膏薬屋では、毎日売り上げの中に銀杏の葉が一枚入っているので不思議がる。豆狸は塗り方を知らず、寺の境内で死んだ。銀杏の落ち葉が風に吹かれて死骸の回りに集まるのを見て、膏薬屋の母と息子は、「狸の仲間から、たくさん香典が届いた」と言って哀れむ。

ja.wikipedia.org

【猫】

7 猫を恐れる人。

『今昔物語集』巻二八‐三一

◉大蔵の大夫藤原清廉は、前世が鼠だったのであろうか、ひどく猫をこわがった。そのため彼には「猫恐(ねこおじ)の大夫」というあだ名がついた。清廉が租税を滞納した時、大和守は清廉を逃げ場のない部屋に招き入れ、大きな猫五匹を放った。清廉は震え上がり、ただちに納税の手続きをして、帰って行った。

※猫恐(ねこおじ)のおじ……😿

 

マンガの話題も多いっちゃ多かったですが、

著者・神山氏は女性漫画家の作品は、あまりお好みではないのかな?

項目を見て「あー、だったらアレもソレも……」と、

少しもどかしく思うところもありました。

いや、大変面白かったし、勉強になりましたわさ。

 

余談ですが、この一冊を読む一助にと、これも購入して活用しました。

 

 

大変役に立ってくれましたが……私が粗忽なのが悪いだけなんですけども、

およそ一~二日に一回は手から滑り落ち、

フローリングに小さな傷が多々😿

 

映画鑑賞記『One Creature』

SAMURAI BLUE ドキュメンタリー『One Creature』

公開初日に鑑賞してまいりました⚽✨

 

onecreature-movie.jp

 

上映時間(1h? 2h? and more??)や

上映館のタイムテーブルが直前まで判明しないなど、

頼むよ、それによってどこのシネコンへ行くかが変わってくるんだから💢

と、ヤキモキさせられましたが、どうにかこうにか。

最初、サッカー日本代表の映画をやるよ~ん、という情報を目にしたとき、

ほな木曜日に TOHOシネマズ へ行くかな、セゾンカード持ってるから

……などと思っていたのですが。

 

www.saisoncard.co.jp

 

この映画は特別興行だそうで、各種優待・割引の適用外ですと。

大人料金と子供料金しかないのだと聞きまして、事前にムビチケを購入。

 

store.moviewalker.jp

 

内容は……第二次森保政権まとめ、といったところ。

元々 SAMURAI BLUE を応援している人なら既知の話題がほとんどであり、

翻って、

あまり知識のない人を強引に連れて行って観させたとしても「ふーん💧」

で終わってしまいそうな気が(苦笑)。

まあ、言い方はちょっとアレですが、本作にわざわざ時間や費用を割くのは

なんつーか、ご祝儀というか、おひねりというか、お布施でやんすよ(笑)!!

 

ちなみにパンフレットはなく、数種類のグッズが売り場に並んでいるだけでした。

応援Tシャツは襟にサイズ表示のタグが付いていないので係の方に訊いてみたら、

ザックリと「フリーサイズとしか申し上げられません」との回答。

なので、クリアファイル2枚セットだけ買って帰りました。

 

One Creature クリアファイル(青)

One Creature クリアファイル(緑)

 

個人的には、

もっと多くの選手のインタビュー映像をちょびっとずつでいいから

見たかったです。

まあ、いろいろ事情・都合があるのでしょうけども。

ただ、オチ(エンドロール直前のラスト・シークエンス)にはシビレましたね。

 

青は藍より出でて藍より青し

 

……そうあってほしい、というか、なってくれ!!

ってことでね、祭りが始まりますよ、ウフフ🏆✨

 

ブックレビュー『サッカーと地政学――ゴールの先に世界が見える』

スポーツライター木崎伸也氏の最新著書

『サッカーと地政学――ゴールの先に世界が見える』を読了。

 

 

サッカーと地政学の密接な関連を論じた一冊。

地政学(Geopolitik)とは大まかに言うと、

地理的条件(位置,地形,資源,気候など)が

国家の政治・軍事・経済に与える影響を分析し、

国際関係を理解・予測する学問のこと。

 

 

1章|日本代表と地政学

サッカー日本代表選手が地理的・地政学的ハンディを乗り越えて

ヨーロッパ進出に至った長い道のり。

日本がワールドカップ未出場のうちに2002年大会の開催国に選出されたことで

急速に進んだサッカーインフラの整備。

日本独自のマネジメント様式=ボトムアップで、

今後、世界のトップに躍り出る道筋をつけられるか……どうか。


2章|W杯と地政学

ワールドカップを巡る各国の思惑。

 

3章|ナショナルチームと地政学

分断を乗り越えた国、多民族を束ねた国、多様性を活かそうとする国、

虎視眈々と世界トップを狙う新興勢力のの狙い――など。


4章|スター選手と英雄と地政学

歴史に翻弄された人々、あるいはブレない世界的視野を持つ卓越した選手の決断力。

 

5章|サッカーマネーと地政学

巨大資本、

ヨーロッパの名門クラブのオーナーになることで身の安全を図ったオリガルヒの一人、

サッカー大国を目指した中国の蹉跌、代理人ビジネスの闇、血縁と利権の問題、等。

 

サッカーが好きな人には既知の事柄も多いだろうが、

現在までの潮流を概観するのに手頃な資料ではなかろうか。

スポーツと政治は切り離すべしとの建前と現実が合致しないことを

改めて感じさせられたし、

資本家(出資者)にとっては――

その人物たちにフットボールという競技への愛着があろうとなかろうと――

選手は動産に他ならないのだ……と思うと悲しくなる。

 

もう少し写真が多いことを期待していたので、その点がやや残念。

 

取りあえず、負傷した日本代表選手の早期回復を祈りつつ、

TV観戦しか出来ない自分自身も今年のワールドカップが終わるまでは息災であれ……

と願う次第。

 

とにもかくにも最大の敵は時差なんよ💢ぐぬぬ💧

 

ja.wikipedia.org

 

あ、その前に映画が公開されますね。

楽しみだ⚽✨

 

onecreature-movie.jp

 

ブックレビュー『ロリータ』

学生時代、大久保康雄・訳を読んだ際は普段読書ペースが異様に遅いというのに、

ほぼ一気読みくらいの勢いで、面白かった~!

と声に出したほどだった。

で、昨年ふと思い立って、この新訳版を購入。

しばし寝かせ、手に取ったところ……むむむむむ。

 

 

あらすじを語るに当たって細部に触れがちなので、

後日まっさらな状態で読んでみたいと思っていらっしゃる方はスルーしてください。

 

 

語り手・私ことジョン・レイ・ジュニア博士は

従兄クラレンス・チョート・クラーク弁護士の依頼で異様な手記の編集を手掛けた。

原稿は1952年11月、

初公判予定日の数日前に冠状動脈血栓症で死亡した被告

ハンバート・ハンバート(仮名)による

『ロリータ、あるいは妻に先立たれた白人男性の告白録』。

法律的・道徳的観点からは大いに非難に値すると思われる

ハンバート・ハンバート(仮名)ではあるが、

博士は彼を嫌悪しつつ、手記は読み物として極めて興味深いと述べる。

 

第一部

1910年にパリで生まれた=ハンバート・ハンバート(仮名)の半生。

同年代の少女アナベルとの初恋、しかし、アナベルは少女のまま病没。

その面影を胸に抱き、

表向きは普通の男として年を重ねたは結婚・離婚も経験したのだが、

本当に好きになるのは亡くなったアナベルと同じ年頃=12~14歳くらいの少女に

限られると自覚していた。

は知人の紹介でニューハンプシャー州ラムズデールのヘイズ未亡人宅に

間借りすることとなり、夫人の娘ドロレスに一目惚れし、

ロリータというニックネームを付けて熱い視線を送るようになった。

ロリータは年相応に生意気で、ませていて無防備だった。

ところが、ヘイズ未亡人=シャーロットはが彼女を慕っていると誤解。

その気持ちを利用することにしたはシャーロットと結婚し、

ドロレスの義父の座に収まった。

ところがドロレスがキャンプに参加している間にシャーロットがの日記を読んで

事実を知ってしまい、外部に暴露するための書簡を投函しようと外に飛び出し、

車にはねられ、即死。

はショックと悲しみに打ち拉がれた夫にして娘の父を装いつつ、

車でキャンプ場へドロレスを迎えに行った。

ドロレスは保護者となる大人がしかいなくなったことを理解した。

 

第二部[途中まで]

とドロレスは全米を放浪し、

は、いつか隙を突いてドロレスに逃げられてしまうのではないかという不安に

苛まれ始める。

ドロレスは発熱して入院し、数日後、失踪。

病院のスタッフに「娘さんは昨日退院されました」と告げられたは、

何者かが逃亡を手引きしたのだと察する。

はドロレスの行方を追うが杳として知れず、三年もの月日が経過した――。

 

■ 所感

ハンバート・ハンバート(仮名)は恐らくサイコパスで、

他者への思いやりに欠けた利己的で冷血なナルシストなのだが、

紆余曲折を経て真実の愛に目覚めたけれども時すでに遅し……

といったところ。

一人の人間の目の前の靄が晴れるまでに払われた

犠牲の大きさに眩暈を覚えてしまった。

 

昔、旧訳版を読んだ際は感じなかった気持ち悪さに耐えた数週間だった。

自分が年を取ったということかな。

おっさんを手玉に取ろうとする少女より、

その子を守らねばならない母親に感情移入するようになったからかもしれない。

 

ともあれ、ハンバート・ハンバート(仮名)は

贖罪のために自らの同類を襲うことで間接的に自裁を図ったのだろうな、

と思いました。

 

映画2バージョン、いずれも未見。

両方観てみたい……。

 

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ロリータ (字幕版)

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エイドリアン・ライン監督/輸入盤DVD『ロリータ』

 

 

こんな曲もありますわね。

youtu.be

 

ja.wikipedia.org

 

ブックレビュー『怪談の真髄~ラフカディオ・ハーンを読みなおす』

精神科医で甲殻類恐怖症の春日武彦先生が

ラフカディオ・ハーンを再読して作品の概要と所感とその他、

思い起こされることを綴った書評・文学研究エッセイ集

『怪談の真髄~ラフカディオ・ハーンを読みなおす』(筑摩書房)を読了。

 

 

そんな題材があったっけ、なるほど、そういう読み方もアリだなぁ……等々、

小泉八雲集を改めて読み直したい気分にさせてくれる。

 

 

1 つるつるしたもの――貉 Mujina

のっぺらぼうの話「むじな」の原拠を繙くと、

再話におけるハーンの工夫が見えるという。

元は人の顔が唐突に巨大化する恐怖だったものを、顔をつるりと撫でたら……に

置き換えたのは、ハーンにとってその方が怖く感じられたためか。

ハーンが幼少時に世話になった従姉ジェーンにまつわるエピソードが

影響したのではないかと睨む春日先生。

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2 あたかも安定している――食人鬼 Jikininki

人を食らう悪鬼と死者を弔う村人たちの馴れ合いを描写したかのような

「食人鬼」への違和感。

おぞましい存在が面倒事を片付けてくれ、

村人たちと共依存めいた関係になっている気持ちの悪さ。

 

3 赤い蠅を弔う――蠅の話 Story Of a Fly

真面目な奉公人だった若い女が死後、蠅の姿で主人夫婦の傍に現れ、

意を組んだ夫婦が彼女を弔う「蠅の話」。

真人間だった彼女がどうして餓鬼道に落とされたのか、

現代の読者にもわからないが、

ハーンもとまどいながら『骨董 Kottō』に収録したのか。

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4 象が光る――常識 Commom Sense

京都・愛宕山の怪異を伝える「常識」。

学僧と小僧、そして、猟師の前に現れた、白象に跨った普賢菩薩の話。

どうして狸が僧を誑かそうとしたのか、動機が不明で釈然としない。

※ p.48 「猟師」が誤字「漁師」になっている!

× 思い込みが漁師にはあったのかもしれない。

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5 滝を怒らせるな――幽霊滝の伝説 The Legend of Yurei-Daki

『骨董 Kottō』収録「幽霊滝の伝説」は滝の持つ超自然的な趣を活用した物語。

原拠とされるのは平垣霜月「幽靈瀧」(1901年)。

だが、肝試しのために賽銭箱を動かした者への罰というにしては

惨すぎはしまいか……。 

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6 空っぽの部屋――忠五郎の話 The Story of Chugoro

江戸・小石川の旗本屋敷に奉公する足軽・忠五郎の深夜の外出。

彼は川の畔で出会った身分の高そうな女に誘われて水の下の豪邸へ通ううち、

身体が弱っていき……。

※章題は忠五郎が導かれた水底の屋敷に広がる無人の広い部屋と共に、

 かつて春日先生が訪問したことのある、

 ビルの所有者の居住空間に諸事情で一度も利用されていない、

 がらんとした柔道場が存在したことを指す。

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7 甲斐の土産――轆轤首 Rokuro-Kubi

豪胆な侍・磯貝平太左衛門武連は主君の死後、剃髪し、

諸国を行脚する僧・回龍となった。

彼が甲斐国(山梨)の山中で出会った不可思議な人々は……。

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8 梵字とホクロ――お亀の話 The Story of O-Kamé

『骨董 Kottō』収録「お亀の話」。

原拠は『新撰百物語』。

若妻お亀が病死したのだが、今わの際に夫に「再婚しないでほしい」と訴えた。

お亀の死後、夫・八右衛門は衰弱していき……。

※お亀の性格付けが原拠とハーン版で異なる。

 嫉妬深く情緒不安定だったのを、

 ごく普通の落ち着いた人に書き換えたのは何故だったか。

 内容を一度咀嚼してから語り部を務めた妻セツが、

 やきもち焼きの女を嫌ったためではなかったか……と推察する春日先生。

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9 代理人――生霊 Ikiryô/死霊 Shiryô

①『骨董 Kottō』収録「生霊」。

 江戸の瀬戸物屋の番頭の甥が、その大店に勤め始めた。

 彼は有能な働き者だったが、次第に衰弱していった。

 原因は恋煩いでも金銭問題でもなく……。

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②『骨董 Kottō』収録「死霊」。

 越前の代官・野本弥次右衛門が亡くなると、下役たちが財産の横領を目論んだ。

 すると、野本家の女中の一人に異変が……。

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※青年期の実体験に鑑みて、普通の人が妖怪じみてくること、

 あちらこちらの境界線を踏み越えそうになってしまうことは

 実際にあるのかもしれない……と零す春日先生。

 

10 なぞらえる人――鏡と鐘と Of a Mirror and a Bell

『怪談』収録にもかかわらず怪談の趣がない「鏡と鐘と」。

内容は12世紀初め頃の遠江の話で、寺の鐘を造るため、喜捨が求められ、

若い女が鏡を差し出したのだが、もったいなかったと後悔し……というもの。

ハーンは再話に自身の現代人としての視点を盛り込んだのだろうと春日先生。

 

11 掌に文字を書く――お貞の話 The Story of O-Tei

越後の国の医師の息子・長尾杏生は父の友人の娘お貞と婚約したが、

病に臥した彼女が言うことには、

死んでもいつか再びこの顔・身体で再会できるに違いない――。

半信半疑ながらも、お貞の想いに応えたいと考えた杏生ではあったが、

やむなく他の女性と結婚し、一子をもうけた。

だが、妻子も彼の両親も亡くなってしまい、

天涯孤独となった彼は悲しみを癒すため旅に出た。

すると、伊香保温泉の宿で……。

※超絶ご都合主義だと零す春日先生だったが、

 そのように纏めなければ陰惨な話になってしまいそうだったから、

 やむを得なかったか……と一定の理解を示すのだった。

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※※待たせる女待つ男の図式から、何となく夏目漱石『夢十夜』第一夜や

  大島弓子「つるばら つるばら」を思い浮かべた。

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夢十夜

 

12 嘲る顔――茶碗の中 In a Cup of Tea

結末が失われた謎の物語、『骨董 Kottō』収録「茶碗の中」。

原拠は『新著聞集』

巻五第十奇怪篇「茶店の水椀若年の面を現す」(親本は寛延二年)。

牧野陽子

『〈時〉をつなぐ言葉――ラフカディオ・ハーンの再話文学』(新曜社,2011年)

第四章「水鏡の中の〈顔〉」によれば、

茶碗の中に現れたのは茶を飲んだ関内(せきない)に恋した若侍・式部平内の顔で、

喜び勇んで平内の本体が関内の許を訪れたにもかかわらず、すげなくされたので、

平内の家来三人衆が報復にやって来たに違いない――と、

衆道が下地になった怪談だったのだろうという。

ハーンは男性同性愛を受け入れることの出来なかった往時の英米社会の読者のために

平内の関内への思慕の部分を切り落としたのではないか、とのこと。

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13 耳の行方――耳なし芳一の話 The Story of Miminashi-Hōichi

原拠は天明二年(1782)開板『臥遊奇談』巻之二「琵琶秘曲泣幽霊」で、

内容に大きな違いはないという。

ハーンが付した英語のタイトル Miminashi-Hōichi

英米の読者には意味がわからなかったわけだが、

語りの最後でこれが Hoichi the Earless であると明かしたことで

強いインパクトを与えたに違いない、とのこと。

※毟り取られた芳一の耳を安徳天皇の墓に近い浜辺で平家蟹が

 両の螯(はさみ)で捧げ持って横歩きをしていたら風情のある眺めではないか……

 などと宣う甲殻類恐怖症の春日先生なのだった(笑)。

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14 予定調和――雪女 Yuki-Onna

『怪談』収録「雪女」の後味について。

巳之吉が約束を破って妻・雪に雪女のエピソードを語ってしまい、

正体を現した雪=雪女が「子供たちにもしものことがあったら容赦しない」と

言い残して姿を消したわけだが、残された十人(!)の子を抱えて働かねばならない、

その後の巳之吉の暮らしを想うと、

何だか間抜けなエピローグに感じられてしまう――と春日先生。

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15 ヒトダマ作戦――菊花の約(ちぎり)Of a Promise Kept

上田秋成『雨月物語』でも有名な「菊花の約(ちぎり)」。

予告どおりに帰宅するという約束を守るために赤穴宗右衛門が取った無茶な手段。

気持ちは理解できなくもないが、何もそこまでしなくても……。

だが、ハーンが採集した怪談には

亡くなった人が生き返ったり生まれ変わったりする話が多いので、

これもアリ、だったということか。

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16 死んだのは誰か――青柳の話 The Story of Aoyagi

原拠は元禄十七年刊、辻堂兆風『玉すだれ』巻三「柳情霊妖」。

若侍・友忠は密命を受けて京へ向かう途中、荒天に見舞われ、

粗末な一軒家に一夜の宿を請うた。

そこには老夫婦と娘(とされるが年齢的に孫娘かと思われる)

青柳という名の美女がいた。

友忠は彼女に一目惚れし、彼女も和歌で即応したので婚約成立。

若干の困難を超えてめでたく夫婦となった二人は幸せに暮らしたが……。

※冗長な婚礼のシーンなどが腑に落ちないと述べる春日先生。

 物語全体が

 吹雪の中で絶命した友忠をなす術もなく見つめるしかなかった

 柳の木の精による幻想だった――と考えた方が、

 しっくり来る気がするのだが……と。

 

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「茶碗の中」の謎が少し解けかけたことが今般最大の収穫だったかも……。

 

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