深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

最新掌編「クリーンルーム」公開!

2021年の書き下ろし第1弾「クリーンルーム」を公開しました。

 

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ショートショートクリーンルーム」イメージ画像

 

kakuyomu.jp

 

年末にふと思いついたネタを年を跨いで掌編に仕立て上げました。

感染症蔓延下、

新たな関係の構築を求めて出会いの場を探す人々が辿り着くのは……

という近未来SFディストピアっぽいことを考えていたのですが、

書いてみたら結局いつもの例のアレ系になっちまいました(テヘヘ💧)。

 

縦書き版は

Romancer『月と吸血鬼の遁走曲(フーガ)』

お読みいただけます。

目次からお入りください。

 

さあ、こいつに割り込まれてストップした短編に

戻りますかね……。

 

 

ブックレビュー『ムーミン谷の冬』

岩波書店『図書』で連載された(2017~2019年)

冨原眞弓「ミンネのかけら」にて、

かつてスウェーデン滞在中にムーミンシリーズの原書と出会い、

自ら邦訳すべくスウェーデン語を習得し、トーヴェ・ヤンソンに許可を得た……

という思い出が開陳されていて、興味を覚えたので、

知っているつもりできちんと読んでこなかった原作を

2018年末にまとめ買いしたのだが、

一気に全巻読み通すことは出来ず、長い中断を経てやっと六冊目を手に取った。

 

ja.wikipedia.org

ミンネのかけら――ムーミン谷へとつづく道

ミンネのかけら――ムーミン谷へとつづく道

  • 作者:冨原 眞弓
  • 発売日: 2020/09/26
  • メディア: 単行本
 

 

【注】

 トーヴェ・ヤンソンフィンランドの人だが、

 言語少数派に属するスウェーデン語系フィンランド人で、

 作品はすべてスウェーデン語で執筆した。

 

まずは過去既読の五冊について。

 

『小さなトロールと大きな洪水』(1945年)

 作者の意向で邦訳の刊行がずっと遅れたムーミンシリーズ第一作。

 第二次世界大戦中に心の安息を求めて描かれたという最初のムーミンたちは、

 おなじみのルックスよりずっと心細く頼りなさげで、一層奇妙に見える。

 寒さに弱いムーミントロールとママは

 冬が来る前に居候先を見つけなければならず、さまよっていた。

 森も海もよそよそしいし、一見パラダイス風の場所も彼らにはしっくり来ない。

 充満する不安に押されるように進んでいくと……という、

 出会いと別れと発見の物語。

 パパって最初からシルクハットを被っていたわけじゃなかったし、

 放浪癖があったのね、妻子がいるというのに(困)。

 

ムーミン谷の彗星』(1946年)

 子供たちの小さな冒険の後、雨上がりのムーミン谷がどす黒く染まり、

 哲学者の麝香鼠は地球滅亡を予言……という、恐ろしい導入部。

 地球の命運を左右する危険な天体現象は彗星の来訪だと教えてくれた

 放浪者スナフキンと共に、

 ムーミントロールと友達のス二フは天文台を目指した――。

 微笑ましいエピソードもあるが、

 戦争及びナチス・ドイツの隠喩と思われる彗星の脅威に身を竦める一同が

 痛ましい。

 不安や恐怖と、それらからの解放が描かれた一編。

 ムーミンパパは終盤、ステッキを持っているが、

 まだシルクハットを被っていない(笑)!

 

『たのしいムーミン一家』(1948年)

 冬眠から覚めたムーミン谷の仲間たちが幸せな夏を過ごし、

 過ぎゆく季節を惜しみつつ秋を迎えるまでの、愉快な出来事の数々。

 誰もが、他者にとってはどうでもいいかもしれないが、

 本人には大切な何かを持っている。

 ハンモック、気圧計、船首飾り、前髪(!)、トランク、ハンドバッグ――

 そして……。

 ドタバタした(それでいて妙に暢気な)喜劇を通して、

 家族や隣人の幸福、心の安息を願う気持ちが

 当人にもやすらぎをもたらすという真理が描かれている。

 

ムーミンパパの思い出』(1950年)

 ムーミントロールが小さかった頃、

 夏風邪をひいたパパは「思い出の記」を執筆。

 若き日の友情と冒険について綴り、子供らに読み聞かせをするが、

 本人の厳粛な気分をムーミントロールたちは理解しない。

 ともあれ、パパがいかにして自我に目覚め、生涯の友人たち、

 あるいは伴侶であるムーミンママに出会ったかが明かされる。

 現在と過去の物語が交差して、

 時に作者の補足あるいはツッコミ(?)が入る枠物語。

 

ムーミン谷の夏まつり』(1954年)

 山が噴火し、洪水が起き、水浸しになったムーミントロールの家。

 仲間たちは水の上を漂ってきた怪しい屋敷に腰を落ち着けたが、

 それは劇場で、口うるさい掃除係のおばさんに陣頭指揮を執られ、

 夏至の祝いのために脚本を書き、芝居を演じることになった――。

 ムーミンパパ、遂にシルクハットを(恒常的に)被る!

 誰もが何かの役割を務め、他者と関わりを持つのが人生であり、

 生活の場はどこも一種の舞台なのだった……という、

 愉快でありながら一抹の哀愁を感じさせるドタバタ劇。

 

さて、読み終えたばかりのムーミン谷の冬』(1957年)について。

例年どおり長い冬を冬眠でやり過ごすムーミン一家だったが、

何故かムーミントロールだけが月光に顔を照らされた途端、目覚め、

軽く寝直すことは出来ても、深い冬籠もりの状態には戻れなくなってしまった。

彼はムーミン屋敷を守らなければならないという使命感に燃え、

秩序を保とうと苦心しながら、新しい出会いと別れを経験し、

あるいは生と死と再生をも目の当たりにする。

自然の神秘と、その前においてはいかにも無力な生きものたち。

だが、季節は必ず廻って移り変わるということを、

冬眠から弾き出されたがために身を以て実感し、

春の訪れと共に少し成長したムーミントロールの姿が描かれる。

一つだけ気になったのは、

ママとスノークのおじょうさんは後から起き出してくるけれど、

最後までパパの動静がわからない点。

まさか放浪癖のせいで家にいなかったなんてことはないよね……(笑)?

 

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【出典:講談社青い鳥文庫ムーミン谷の冬』p.105】

ムーミントロールが屋根裏で見つけたアルバムの写真がキュート!

ついついレンズを睨んでしまう人たち(あ、人じゃないか☆)かな?

 

残るは三冊。

慌てずゆっくり楽しもうかと。

 

 

冨原眞弓さんによる解説本『ムーミンを読む』も読みかけ。

各章がシリーズ各巻に対応しているので、

講談社青い鳥文庫ムーミンを一冊読む毎に一章ずつ読み進めている。

ムーミンを読む (ちくま文庫)

ムーミンを読む (ちくま文庫)

  • 作者:冨原 眞弓
  • 発売日: 2014/01/08
  • メディア: 文庫
 

 

ブックレビュー『真夏の死』

晦日は何も書けなさそうと言っておきながら、

本を読み終えたのでレビューなぞ。

新装版『真夏の死』を堪能。

著者自身による解説付き、1946年~1963年に発表された短中編、全11編。

バラエティに富んでいるが、いずれもどこかシニカルな味わい。

 

真夏の死 (新潮文庫)

真夏の死 (新潮文庫)

 

 

■煙草(1946年)

 良家のお坊ちゃまが学校の先輩との接触から少し背伸びしてみようとするが、

 上手くいかず、現実と理想のすり合わせに失敗する話で、

 その媒介となっていたのがタバコだった。

 

■春子(1947年)

 新任の運転手と駆け落ちしたものの、彼が戦死したため、

 残されたその妹・路子を伴って佐々木伯爵邸へ戻った春子、

 すなわち語り手の青年「私」の叔母(母の異母妹)について。

 語り手の性欲と、それを見透かして誘惑してくる春子、及び、

 彼女と特別な間柄の路子との三角関係が描かれる。

 春子と路子、双方に惹かれ、彼女らの間に割って入りたいと思う「私」は、

 そのために与えられた女物の浴衣を纏ったり化粧の真似事をしたりして、

 女に近づくことを要求されるのだった。

 基本設定がまだるっこしいが、

 それも春子と関係を持ったり路子を想ったりして悶々する

 「私」=「宏(ひろ)ちゃん」(19歳)の揺れる心情を表現するのに

 必要だったのかもしれない。

 

■サーカス(1948年)

 サーカスの大道具係の少年少女が密会し、

 見咎めた部下が団長の前に二人を引き据える。

 団長は彼らにスターの素質を見出し、

 観客の喝采を浴びる身に仕立て上げたが……。

 冷酷そうに見えて意外に内面が屈折した団長の夢想と嫉妬心が描かれる、

 残酷なメルヘン調の佳品。

 

■翼(1951年)

 従兄妹同士で幼馴染みの杉男と葉子は

 互いに微妙な距離感をもどかしく思いつつ、

 静かに愛情を育みながら成長していった。

 二人は相手の背中に翼を幻視し、

 自分たちが同族で結ばれるべき者同士だと感じながら

 戦争をやり過ごそうとしたが――。

 善良な個人のささやかな幸福が無惨に打ち砕かれ、

 生き残った側は世の中が平和になっても

 ずっとギクシャクした違和感を覚えながら不器用に歩んでいかねばならない。

 

離宮の松(1951年)

 鰻屋の主人夫婦の子の子守りとして雇われている少女・美代は、

 その乳児・睦男をおんぶ紐で背負って出かけた。

 店が混むとわかっているときに睦男がむずがっては困るからだった。

 銀座を闊歩した美代はその足で浜離宮へ。

 以前そこで偶然出会った青年にまた会いたいと思っていると……。

 本当に好きかどうかは恐らく当人もわかっていないが、

 少なくとも嫌いなタイプではない年上の男性に、

 自分にとっての「この世」の外へ連れ出してほしいと願う少女の気持ちは

 理解できるし、自ら軛を外すところに大きな意味があるような気がする。

 ところで、このストーリー、

 頭の中で楳図かずお漫画になって流れていった(笑)。

 既読の三島作品では「スタア」(『殉教』収録)に続いて二度目。

 

殉教 (新潮文庫)

殉教 (新潮文庫)

 

 

クロスワード・パズル(1952年)

 熱海の某観光ホテルのボーイの中でも一際男前の青年が、

 決して美女とは呼べない女性と結婚した。

 何があったのか問う同僚に彼が語った経緯は……。

 作中にクロスワードパズルそのものは登場しないが、

 美貌の人妻に振り回される美青年の、

 ちょっとした謎解きがまさにパズルだなと途中で気づいたし、

 読者としても彼がドキドキしながらラヴ・アフェアに向かっていく展開に

 胸がざわめいたけれども、結末は皮肉で、そこがまた面白い。

 本文中で度々言及される客室の「鍵」は

 パズルのタテのカギ、ヨコのカギの比喩で、

 彼は最後に不美人だが無茶しない従順な女と結婚するが吉――

 という答えを得たのだろう。

 しかし、藤沢夫妻は随分遅い時刻にチェックインするなぁ(笑)。

 

■真夏の死(1952年)

 有能で高給取りの夫・勝と三人の愛児に囲まれて何不自由のない暮らしを送る

 生田朝子(ともこ)は、

 子供たちと子守り役を務めてくれる夫の妹・安枝と共に

 伊豆の海岸付近の宿に泊まった。

 しかし、朝子が昼寝している間に長男・長女が溺死し、

 助けようとした安枝も心臓麻痺を起こして帰らぬ人となった。

 愛児を失った悲しみと罪の意識に苛まれつつ、

 周囲からの慰めの言葉に自分への思いやりが足りないように感じて

 不満を覚える朝子と、そんな妻を持て余す勝。

 だが、無事だった次男に過保護に接して暮らすうち、朝子は四番目の子を懐妊。

 二年後、桃子と名付けた新しい娘をも伴って、

 何故か忌避すべき問題の海へ再び赴こうと言い出す朝子。

 人は幸福に慣れると新しい刺激を求めるように、

 不幸から立ち直りかけると更なる痛手を欲するものなのか。

 治りかけた傷を覆う瘡蓋を

 痛むとわかっていてわざわざ剥がそうとするかのように。

 とはいえ、個人的な悲劇に陶酔し、

 自分をより過酷な状況に追い込もうとするタイプの人物も確かに存在する。

 

■花火(1953年)再読。

 花火大会でのアルバイトを斡旋された大学生。

 待合茶屋のスタッフとして賓客をアテンドすれば、

 心付けが貰えるという話だったが……。

 客=運輸大臣が主人公の顔を見て動揺したのは、

 仕事を紹介した青年に瓜二つだったせいらしいが、

 何故、大臣が青年を恐れていたのか、

 恐怖の源泉が明らかにされないところが恐ろしい。

 ……という、

 初めて読んだときの感想以上のコメントは浮かんでこない(苦笑)。

 

 

■貴顕(1957年)

 語り手「私」の幼少時からの友人だった華族の柿川治英について。

 静的な芸術つまり絵画を愛好するも実践せず、ひたすら鑑賞に徹したが、

 戦後、ひいては結婚後、

 体調を崩してからはエネルギーの枯渇と反比例するように、

 頼りない医師や真心が感じられない見舞い客などの悪口を

 妻に漏らすといった具合に俗化していった治英。

 「私」は彼が死を前にして突如、生来の淡白さを失い、

 いかにも人間らしい人間になったのだと感じた。

 その様子とコントラストを成す、

 俗物化せず、高貴なまま淡々と枯れて年老いたかのような

 治英の父・柿川侯爵の佇まいが幽玄にして不気味。

 貴顕は短命に終わらなければ淡白に熟成するのだろうか。

 ちなみに、治英のモデルは

 三島の友人だった美術研究者・徳川義恭(1921-1949)。

 

ja.wikipedia.org

 

■葡萄パン(1963年)

 1960年代の、いわゆるヒッピーの、

 特別な何事かが起こりそうで結局何も起こらない、

 残されたのはセックスの後ほったらかしにされた女(=友人の恋人)の

 面倒を見てやること(介抱というより後戯か?)だけ。

 

■雨のなかの噴水(1963年)

 女と付き合って振ることを目標として雅子に優しく接してきた明男は、

 雨の日、喫茶店で別れを告げた。

 雅子は号泣するも、明男について歩いてきたが……。

 リラダン風のひねくれたコントといったところ。

 

大晦日イヴのご挨拶。

明日は何も書けなさそうなので、今のうちに。

 

例年ですと12/30は実家に帰って(県内なので日帰り)

老親と共に飲み食いするのですが、

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魅惑の鮨。いや、全体の量はこんなもんじゃない、みんな食べる食べる(笑)🍣

今年は状況が状況なので控えましょうということで、

お年賀の品などは互いに宅配便で送り合って済ませました。

 

さて、このブログの本分である創作の話。

発表済小説の戯曲化【*1】→私家版刊行【*2】が2020年の目標だったはずですが、

途中で割り込んできたネタを優先させて棚上げ。

その割り込みネタ【*3】はカクヨムで400字×30話の連載にしようと

目論んだのですけれども、2万字を超過してまだ完成していません(汗)。

 

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

 

 

更に、もう一つ別の掌編【*4】のアイディアが浮かんできたので、

取り逃がしたくないと思って、ともかくも書き始めてしまったため、

ちょっと収拾がつかなくなってきました。

蜜盛甘味(みつもり・あまみ←見積もり甘み)とでも改名しますかね(笑)。

 

ともあれ、【*4】は2021年1月中旬、【*3】は2月上旬、

【*1】→【*2】は夏までに完成させたい所存です……

と、言うだけ言ってみる(トホホ)。

 

今年も作品に目を通してくださった方、

また、私家版や電子書籍をご購入くださった方、

あるいは宣伝等にご協力くださった方に感謝の辞を述べたいと思います。

ありがとうございました。

皆さま、時節柄くれぐれも体調にお気をつけくださいませ。

 

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来年の干支。

 

ブックレビュー『サド侯爵夫人・わが友ヒットラー』

特に愛好者というわけでもないのですが、何となくプチ三島祭り状態。

1960年代の戯曲2作を収録した

『サド侯爵夫人・わが友ヒットラー』新装版を購入、読了。

 

ブクログに書いたらクドイかも……と思われる長めの投稿です。

 

サド侯爵夫人・わが友ヒットラー (新潮文庫)

サド侯爵夫人・わが友ヒットラー (新潮文庫)

 

 

前者はフランス革命前後のフランスを舞台に、

マルキ・ド・サドを巡る――本人不在の――女たちの感情のぶつけ合い、

後者は二つの世界大戦間期

首相に任命されたナチス・ドイツアドルフ・ヒトラーと、

彼を取り巻く男らの腹の探り合い。

片や花、片や鉄のイメージだが、さながら二幅対といった趣で好対照を成す。

薄い本だが熱量は凄まじい。

以下、概略を綴りますが大オチには(極力サラッとしか)触れません。

 

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■サド侯爵夫人(1965年)

 

 第一幕:1772年、秋。

  モントルイユ夫人は長女ルネの夫である

  ドナチアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド侯爵の悪行と、

  その報いとしての刑罰のことで気を揉み、各所へ働きかけるため、

  シミアーヌ男爵夫人とサン・フォン伯爵夫人に助力を求めたが、

  逃亡中の婿は次女アンヌと行動を共にし、

  しかもルネもそれを先刻承知していたと知って怒りに震える。

   モントルイユ夫人から相談を受けるシミアーヌ男爵夫人と

   サン・フォン伯爵夫人のキャラクターの対比が愉快。

   悪徳の権化のような貴婦人、サン・フォン夫人の妖艶さ、

   気風のよさがセリフだけで伝わってくるのが強烈。

   このキャラクターはどことなく、

   三島も激賞したバタイユ『聖なる神』の第二部「わが母」を思い起こさせる。

 

  第二幕:1778年、晩夏。

  サド侯爵が罰金の支払いと引き換えに釈放されるという判決書が届き、

  安堵するルネだったが、サン・フォン伯爵夫人が訪ねてきて真相を暴露。

  日付を見ると釈放は一月半前で、サド侯爵は既に別の牢獄に入っている由。

  そもそも最初に侯爵が逮捕されたのも

  母モントルイユ夫人の策動あってのことだった。

  サン・フォン伯爵夫人と妹アンヌが出て行くと、

  モントルイユ夫人とルネは互いの本音を吐露し合った。

  言い争いの果てに、ルネは夫と自分は言わば一心同体なのだと告げる。

   母親は娘について「何故あんな男を愛するのか、庇うのか理解できない」と

   考えるが、夫婦の問題はそれこそ当人たちだけにしか理解不能なのだった。

 

 第三幕:1790年、春。

  サド侯爵が帰ってくると決まったにもかかわらず、

  先に出家したシミアーヌ夫人の先導を受けて修道院に入る準備をするルネ。

  何故かと母に問われた彼女は答えて曰く――

  獄中で夫が書いた小説「ジュスティーヌ」を読み、

  清廉であろうとすればするほど不幸に見舞われるヒロインと自分を重ね合わせ、

  夫が自分を物語の中に封じ込めたように感じたから、

  もう彼は自分とは違うステージに上がってしまったと解釈し、

  決別を選んだのだ……。

   夫の帰りを待ちながら思索に耽り、心の問題に決着をつけたルネの達観。

   しかし、単純な見方をすれば、ルネの心情は、

   手のかかる悪ガキにやきもきさせられることを

   愚痴りながらも楽しんでいる母親に似たものであって、

   その悪ガキも年を取っておとなしくなったとあっては、

   もう構ってやる甲斐もないから別れを選んだ――

   といったところではなかったか。

   つまり、彼女は不出来な夫に悩まされる妻という役を

   長年楽しんで演じていたのではなかろうか、ということ。

   そこへもってきて革命である。

   身の安全を確保するために修道院へ入るというのは

   貴族の女性にとってベストな選択だったのでは。

 

全体を通して、読みものとしては短く、また、意外に淡々としていることに驚いた。

先に――遙か昔に(笑)――実見した舞台は長丁場で、

キャラクター同士が激しく感情をぶつけ合っていたと記憶しており、

印象がかなり違ったので。

 

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『サド侯爵夫人』チラシ

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『サド侯爵夫人』パンフレット表紙。胸が白薔薇で隠れている。

日本人作家がフランス貴族の family affair について書いた戯曲を英国人が演出し、

日本人俳優が日本語のセリフで演じるという、ねじれた芝居だったが、

その空間で屈折した美学が大輪の花を咲かせた……とでも言いたくなる

興奮と緊張と陶酔に満ちた舞台だった。

あれからかなり長い時間が経ったけれども、

つくづく鑑賞しておいてよかったと思う。

未だに心の財産の一つとして輝き続けているのだから。

サン・フォン伯爵夫人を

坂東玉三郎がこれ以上はないというほど冷酷かつ妖美に演じていて素晴らしかった。

 

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■わが友ヒットラー(1968年)

 

 1934年6月、ベルリン首相官邸

 アドルフ・ヒトラーを巡る男たちの友情と陰謀と裏切りを描く。

 ト書きは極端に少なく、

 四人の登場人物――殊にエルンスト・レームとグレゴール・シュトラッサー――

 の熱っぽいセリフが綾なす会話劇。

 ふと、ナチスの幹部だったオットー・ディートリヒの

 ナルシスティックな問わず語りを描出したボルヘス「ドイツ鎮魂歌」を連想。

 

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 第一幕

  首相官邸のバルコニーで演説するアドルフ・ヒットラーと、

  耳を傾ける来訪者、ナチス私兵・突撃隊幕僚長エルンスト・レームと

  鉄鋼王グスタフ・クルップ

  ナチス左派グレゴール・シュトラッサーも二人の会話に加わる。

  ヒットラーは理想の実現について語る。

 

 第二幕

  翌日、朝食を共にするヒットラーとレーム。

  レームはヒットラーと別れた後、シュトラッサーに遭遇。

  シュトラッサーはヒットラーとレームの友情を疑い、

  自分たちが生き延びるためにヒットラーを失脚させねばならないと告げるが、

  レームは聞き入れない。

  一方、ヒットラー

  ゲーリング将軍とヒムラー親衛隊長に旅先からの指令に従えと告げる。

 

 第三幕

  第二幕の数日後、1934年6月30日。

  旅から戻ったヒットラーを待っていたクルップ

  二人の対話はシュトラッサーとレームの死、すなわち粛清について。

  極右と極左の筆頭を始末し、政治は中道を行かねばならぬと嘯くヒットラー

   男の熱い友愛を信じたレーム、憐れ……。

 

私家版ご購入のお礼。

本拠地と重複しますが(と言いつつ多分twitterでも言う☆)

11月下旬に居留守文庫さんで小冊子『珍味佳肴』を

お買い上げくださったお客さま、まことにありがとうございました。

 

booklog.jp

 

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私家版(ものごっつコスト高な小冊子)『珍味佳肴』表紙。

 

居留守文庫さんでは完売となりましたが、

架空ストアさんにはまだ在庫がございますので、

ご希望の方は通販でお求めください。

 

store.retro-biz.com

 

よろしくお願いいたします(ついでの他の連中も……😢)

 

fukagawanatsumi.wixsite.com

ブックレビュー『狂気の山脈にて』

小説家・翻訳家の南條竹則=編、

新訳ラヴクラフト選集全8編『狂気の山脈にて』を読了。

『インスマスの影』に続く2冊目。

 

 

今回は全編、創元推理文庫で既読だったが、やはり南條先生の訳は読みやすい。

が、それでも通読するのに時間がかかったのは、

単に私が遅読だからというだけではない、はずだ……。

 

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ランドルフ・カーターの陳述 "The Statement of Randolph Carter"(1920年

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集6』収録。

 行方不明になった先史時代の研究家ハーリー・ウォレンについて問い質され、

 経緯を語る青年ランドルフ・カーター。

 世にも長いケーブルで繋がった電話で会話しつつ、

 墓地の下の奥深くへ侵入した友人が見たものとは。

 オチは怖いというより、何度読んでも何となく笑ってしまう。

 脱線するが、ジーン・ウルフ『書架の探偵』で、

  Q. “こちら”と“あちら”で携帯電話での通話は可能か
  A. ドアが開いていて電波が届けば

 といった対話が出てきた瞬間、この「ランドルフ・カーター」を

 思い浮かべたのは私だけではなかろうもん(笑)。

 

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 
書架の探偵 (ハヤカワ文庫SF)

書架の探偵 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

■ピックマンのモデル "Pickman's Model"(1927年)

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集4』収録。

 サーバーが友人エリオットに語ったボストンの画家ピックマン――

 リチャード・アプトン・ピックマンの話。

 技術は確かだが作品が奇怪過ぎて画壇を追放された彼は、

 偽名で井戸のある古い家を借り、更に異様さを増した創作を続けていたが……。

 現世と常世を繋ぐ間道が井戸であるという発想は

 洋の東西を問わず共通するものなのか。

 

■エーリッヒ・ツァンの音楽 "The Music of Erich Zann"(1922年)

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集2』収録。

 貧しい学生である語り手が家賃の安い物件に落ち着くと、

 建物の屋根裏部屋にエーリッヒ・ツァンという名の

 啞者の老音楽師が住んでおり、夜毎、暗澹たる旋律を奏でていた。

 語り手はツァンの部屋を訪ねたが、

 問題の不気味な曲を聴かせてほしいと頼んだところ、拒絶された。

 しかし、やがて語り手に心を開き始めたツァンは、

 それまでの経緯を綴ったが――。

 地図にない謎の街を取り巻く何ものかと老いたヴィオール奏者の、

 言わば音楽による殴り合い(笑)。

 

■猟犬 "The Hound"(1924年

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集5』収録「魔犬」。

 友人セント・ジョンと共に墓泥棒の罪を犯し、

 悪趣味な盗掘品のコレクションを楽しんでいた「私」だったが、

 あるときオランダの某教会墓地で

 500年前に葬られたという《伝説の墓荒らし人の墓》を暴き……。

 

ダゴン "Dagon"(1919年)

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』収録

 ダゴンは古代メソポタミアおよび古代カナンの神。

 第一次世界大戦中、ドイツ軍の捕虜となるもボートで脱出に成功した「私」は

 漂着した泥土の地で怪物を見た――。

 

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■祝祭 "The Festival"(1925年)

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集5』収録「魔宴」。

 クリスマスを古名でユールと呼ぶ語り手が、

 そのシーズンに親族を訪ねてキングスポートという古色蒼然たる港町へ。

 しかし、老夫婦と共に黙りこくった群衆に紛れて参加することになった

 祭とは……。

 この作品を立体造形アニメにした品川亮監督の画ニメ

 『H.P.ラヴクラフトのダニッチ・ホラーその他の物語』も素晴らしい。

 

 

■狂気の山脈にて "At the Mountains of Madness"(1936年)

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集4』収録。

 E.A.ポオの長編

 「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」(1838年)の

 影響下に書かれたSF怪奇作品。

 当時、まだ多くの謎に包まれていた南極で、

 人類が知る由もなかった古(いにしえ)の知的生命体と、

 反乱を起こしたその奴隷との争いの痕跡を垣間見てしまうという物語。

 ミスカトニック大学の地質学者ウィリアム・ダイヤー教授率いる探検隊は

 南極大陸の岩石や土壌の標本を採取すべく、

 1931年に飛行機で南極点を越え、キャンプを設営した。

 生物学者レイクは粘板岩に付いた線紋を、

 未知の高度に進化した生物の足跡に違いないと考えたが、

 その岩が形成された時代には、まだ高等生物は存在しなかったはずだった。

 別行動を取ったレイク分隊からの通信が途絶えたため、

 ダイヤーらは捜索を開始し、奇怪な石造建築を、

 次いで遙かに恐ろしいものを目にすることになった……。

 

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ポオ小説全集 2 (創元推理文庫 522-2)
 

 

■時間からの影 "The Shadow out of Time"(1936年)

 旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』収録。

 経済学教授ナサニエル・ウィンゲイト・ピーズリーを襲った奇怪な出来事。

 講義中に昏倒し、

 意識を取り戻したときは記憶を失っていたかに見えたピーズリーは、

 元々の彼とは人格が変わってしまった調子で、ぎこちない暮らしを送った。

 五年後、本来の彼自身に復したピーズリーは、

 失われた時間を取り戻そうとして悪夢に苛まれたが、

 彼の論文を読んだオーストラリアの鉱山技師から手紙が届き、

 彼が記述した夢の中の建造物の様子にそっくりな遺構が実在すると知らされ、

 心理学教授となった息子や、

 同僚のウィリアム・ダイヤー教授(!)らと共に現地へ赴いた――。

 傍目には記憶喪失と映る状況下、

 当人は肉体を元の場に残したまま精神がいずこかへ連れ去られ、

 別のもののそれと入れ替えられて、通常あり得ない体験をするという話。

 オチに辿り着いた瞬間「おお」と感嘆の吐息を漏らすことになるが、

 「狂気の山脈にて」同様、内容の割に長い(笑)。


「狂気の山脈にて」「時間からの影」は、いずれも見てはならぬ、

知ってはならぬ太古の大いなる種族の痕跡を垣間見た人が味わう恐怖を描いている。

前者の主人公、散々恐ろしい目に遭ったダイヤー教授が「時間からの影」で、

大学の同僚であるピーズリーの

《失われた五年間の自分探し》に同行するというのが胸熱(笑)。

 

 ああもうお腹いっぱいだよう(笑)。