股上の深いジーンズの話……ではない。
J.G.バラードの短めの長編『ハイ・ライズ(HIGH-RISE)』読了。
ロンドン中心部に聳え立つ高層マンション。
40階建て1000戸、商業施設や小学校もある
一つの《世界》に生じた異常事態について、三人の住人の視点で綴った作品。
1975年の時点で、21世紀現代の
俗に言う「タワマンヒエラルキー」を透視・描出し、
当時の“近未来”消費社会のヴィジョンを提示した怪作。
曰く、
どうやら高層マンションは、しごく低劣な本能をひきだすようだった。【p.35】
冒頭は25階に住む大学医学部の上級講師ロバート・ラングの
過去2~3ヶ月の回想。
マンション上層部、中層部、下層部の居住者が共用設備の使用法や
マナーなどを巡って反目し合っていたのだが、停電が発生した際、
37階の住人である女優のペットの犬が溺死させられ、また、
最上階の宝石商が転落死したことで不穏な空気が流れ始めた――。
というワケで、
てっきり階級闘争をスタイリッシュに描いた小説かと思いきや、
次第にグロテスクなスラップスティックの様相を呈し、
悪臭芬々たる血みどろの無惨絵が展開。
結末に辿り着いた瞬間、書き出しを確認したくなって読み返した。
最初に見えていた景色と似て非なる情景が広がっていることに
愕然とした(巧い!)。
二階に住むテレビ局プロデューサー、リチャード・ワイルダーが
ドキュメンタリー映像の撮影を口実に反乱を起こし、
40階へ(エレベーターが使えなくなったので階段で!)登ろうとする。
最上階のマンション設計者アンソニー・ロイヤルは、
内心では混乱を面白がってもいて、
一つの《社会》が荒廃していく様を目の当たりにしながら、
権力を持つ雄とその所有物としての雌たちという
一夫多妻の形を取ろうとし、それと呼応するかのように、
ロバート・ラングも姉ともう一人の女との同居を始め、
二人の女性の命綱を握ることにスリリングな悦びを感じる――
といった筋の運びに、
空に向かってそそり立つマンション=ファルスかと思い至った。
また、混乱の中で《王権》を得ようとする男たちの姿に
ゴールディング『蠅の王』を連想したが、
極限状況においても男らの女の扱い方が意外に乱暴にならないところに
作者の人間味、あるいは女性へのスタンスが垣間見える気がした。
但し、愛犬家にはお薦めしないのが無難かも……。
映画版も観てみたい。
といったところでハタと思い当たったのだが、
キューブリックは何故これを映画にしなかったのだろう?
雰囲気ピッタリな気がするのだけれども……。