深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『J.G.バラード短編全集』③「終着の浜辺」

アンソロジー『疫病短編小説集』を読み、

 

 

「集中ケアユニット」に衝撃を受けて、

長年何となく難解そうだからと手を出しかねていた

J.G.バラードの短編全集を一括購入。

第3巻は1963~1966年の間に発表された19編。

SFあり、奇怪な幻想譚あり、

『残虐行為展覧会』への序曲的な濃縮小説(コンデンスト・ノベル)あり、

シリーズ《ヴァーミリオン・サンズ》ものもあり。

②巻『歌う彫刻』収録「重荷を負いすぎた男(The Overloaded Man,1961)」が

衝撃の面白さだったので、同じノリを期待したが肩透かし。

 

 

とは言いながら、完成度の高い作品が多く、粒ぞろい。

以下、全作品について、つらつらと(極力ネタバレを避けます)。

 

ヴィーナスの狩人(The Venus Hunters,1963)

 マウント・ヴァーノン観測所に配属された

 アンドリュー・ウォード博士(34歳)は

 街の変わり者チャールズ・カンディンスキーを紹介された。

 彼はUFOを目撃し、しかも異星人と対話したと称して

 自費出版本まで出していた。

 呆れ気味のウォード博士だったが……。

 彼も確かに何かを見たはずなのだが、

 好奇心とカンディンスキーへの同調・同情によって

 出世を棒に振った自分を恥じる。

 その道のプロであるが故にアマチュアと同じ夢を共有したことを

 認められなかったという話か。

 解説によればカンディンスキーのモデルはジョージ・アダムスキー

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エンドゲーム(End-Game,1963)

 死刑を宣告された(恐らく政治犯と思われる)コンスタンティン

 慣例に従って《別荘》に幽閉され、

 監督者マレクとチェスをして過ごしている。

 コンスタンティンは刑の執行がいつになるのか探り出そうとするが……。

 チェスの手筋からマレクの内面を窺おうと試みるコンスタンティンの思考が

 淡々と、だが、ヒリヒリする緊張感を持って語られる。

 結末は格別驚きをもたらすものではないが、

 死ぬか、それとも生き延びられるのかという

 極限状況に追い込まれた人物の内省が精緻に綴られていて、

 ゾクゾクする面白さだった。

 解説によれば、チェス勝負というモチーフの元ネタは

 ベルイマン『第七の封印』とか。

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 チェスの話ではないが、

 ナルシスティックな死刑囚の思索という点が共通する

 ボルヘス「ドイツ鎮魂歌」(『エル・アレフ』収録)を思い出した。

 

マイナス1(Minus One,1963)

 精神病院に入院中の患者ジェイムズ・ヒントンが失踪した。

 どうやって鉄壁の守りを破り、脱走したのかと

 色めき立つ医師たちだったが……。


突然の午後(The Sudden Afternoon,1963)

 夏の終わり、妻子が海へ行き、

 束の間の独身気分を味わっていたエリオットを襲った異変。

 凄まじい頭痛の後、自分のものではない記憶が脳を支配したのだった。

 カレーを作ったのが原因か(笑)?

 帰宅した妻によってもたらされる真相が怖ろしい……。

 

スクリーン・ゲーム(The Screen Game,1963)

 映画プロデューサーの大富豪チャールズ・ヴァン・ストラットンの依頼で

 美術セットのスクリーンを描くことになった画家ポール・ゴールディングは、

 チャールズの恋人で

 今は心を閉ざした青い髪のエメレルダ・ガーランドと出会った――。

 語り手の男が少々箍の外れた美女に懸想する、

 砂漠のリゾートが舞台のシリーズ《ヴァーミリオン・サンズ》の一編。

 感傷的で甘ったるい話だが、チャールズの死に様と、

 音響彫刻(バラード作品に登場する音楽を奏でる彫刻)が

 彼の断末魔の叫びを反復する演出は見事。

 無関係だがタイトルのせいで

 トーマス・ドルビー「スクリーン・キッス」が頭の中をグルグル回った。

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うつろいの時(Time of Passage,1964)

 老人の葬儀から始まり、その人が次第に若返って行く様子が描かれる、

 時間が逆行する世界の風景。

 似た印象の話を読んだことがあると思って振り返ったところ、

 デーモン・ナイト「むかしをいまに(Backward, O Time;1956)」

 だった気がして来た(アンソロジー『時の娘』収録)。

 

深珊瑚層の囚人(Prisoner of the Coral Deep,1964)

 イングランド、ドーセットの海辺で嵐をやり過ごした男は

 大きな貝の化石を拾い、

 続いて謎めいた青いローブ姿の長身の女性と出会った……。

 

消えたダ・ヴィンチ(The Lost Leonardo,1964)

 警戒厳重なルーブル美術館からダ・ヴィンチの作品が盗まれた!
 パリのノルマンド画廊の支配人ジョルジュ・ド・スタールと共に、

 語り手の「わたし」ことオークション業者《ノザビーズ》支配人

 チャールズは、かつて盗難され、元の場所に戻された名画の共通点から

 犯人像を割り出した……という、

 ミステリと思わせておいて実はいわゆる「さまよえるユダヤ人」の物語。

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 ちなみに、ダ・ヴィンチ作品に磔刑図は存在せず、

 基本設定はバラードによる創作。

 

終着の浜辺(The Terminal Beach,1964)

 元米軍パイロットのトレイヴンは

 核実験場だったマーシャル諸島のエニウェトク環礁へ赴き、

 亡き妻子の亡霊を見る。

 現実と非現実が融解する時空間の記録。

 アメリカ‐核攻撃‐日本。

 ザックリした細切れの描写が連続するテクストは

 後年(1970年)にまとめられた『残虐行為展覧会』への助走か。

 

光り輝く男(The Illuminated Man,1964)

 地球の各所で様々な物体が色ガラスのように結晶化するという

 怪現象が報告され、

 《ハッブル効果》(及びその他の名)で呼ばれることとなり、

 語り手の「わたし」=科学技術参事官ジェームズは

 調査隊の一員としてマイアミへ向かった。

 その異様にして美しい光景は――。

 長編『結晶世界』の元型であり、

 また「スクリーン・ゲーム」と同じく宝石を弄ぶ美女エメレルダが登場。

 

たそがれのデルタ(The Delta at Sunset,1964)

 考古学者チャールズ・ギフォードは

 妻ルイーズと助手リチャード・ラウリーらと共に遺跡を調査していたが、

 脚を負傷。

 厭世的かつ頽廃的な気分に浸りながら妻と助手の不倫を疑う彼は、

 砂浜をのたうつ蛇を眺めていた……。

 砂漠×三角関係という図式から

 ポール・ボウルズ『The Sheltering Sky(極地の空)』を連想した。

 

溺れた巨人(The Drowned Giant,1964)

 浜辺に打ち上げられた鯨ほど巨大な人間の死体。

 町の人々はおっかなびっくり、遠巻きに死んだ巨人を眺めていたが、

 やがて――。

 図書館を仕事場にしている研究者「わたし」の視点で綴られた、

 非日常の熱狂と、そこからの回帰。

 異物への集団心理は恐らく大抵こんな風にオン/オフされるだろう

 という気がしてくる、残酷な寓話。

 映像化作品のダイジェスト(?)は淡々とそのまんまの内容。

 ※微グロ注意。

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 で、この動画に辿り着くに当たって、

 うっかりパロディ漫画の存在を知ってしまい、

 収録本(絶版につき古本)を購入するに至った。

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 『SF大将』収録、その名も同じ「溺れた巨人」。

 長谷邦夫「バカ式」に匹敵する衝撃というか何というか(笑)。

 

薄明の真昼のジョコンダ(The Gioconda of the Twilight Noon,1964)

 眼を負傷し治療を受けるリチャード・メイトランドは、

 母が旅行に出ている間、慣れ親しんだ実家で妻と過ごすことに。

 一時的に視力を失った結果、他の感覚が鋭敏になっただけでなく、

 意外にも脳裏に様々なイメージが鮮やかに浮かぶようになって……。

 彼が見えない眼で追いかける幻の美女は実母の理想化された姿か。

 妻の立場としては猛烈に嫌な話だ(笑)。

 

火山は踊る(The Volcano Dances,1964)

 メキシコの火山の山頂から800メートルほど下の家に滞在する

 チャールズ・ヴァンダーベルとパートナーのグロリア・ウィンストン。

 噴火目前と見られ、人々が避難を始める中、

 チャールズはデビルスティックを操る大道芸人を注視しつつ、

 スプリングマンなる人物の訪れを待っているという。

 妄執に取り憑かれた男と、彼に寄り添いながらそれを理解できない女。

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 高橋たか子『誘惑者』を読んだ後なので、

 大道芸人がチャールズを火山へ導く《誘惑者》なのかと思った。

 

浜辺の惨劇(The Beach Murders,1966)

 スペインのリゾート地で繰り広げられた暗殺劇の記録――

 という体裁の短編だが、全26話で、

 章のタイトルのアルファベット順にエピソードがシャッフルされて

 並べられている。

 これも濃縮小説の一つか。


永遠の一日(The Day Forever,1966)

 地球の自転が止まり、

 すべての場が特定の時間帯に固定されてしまった世界では、

 都市名が時刻と結び付けて呼ばれるようになっていた。

 リビアのレプティス・マグナ遺蹟の近くは《七時のコロンビーヌ》で、

 常に夕暮れだった。

 その廃墟と化したホテルに身を落ち着けたハリデイは

 黒いサングラスで顔を隠したガブリエル・ザボと出会い――。

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ありえない人間(The Impossible Man,1966)

 育ての親である伯父と共に交通事故にあったコンラッド・フォスター。

 伯父は手の指を二本失い、コンラッドは片脚切断の憂き目に。

 入院先の医師は手術を勧めてきたが、

 それは彼らの事故の相手で死亡した、コンラッドと同年代の運転者の脚を

 移植しようという提案だった。

 患者を延命あるいは社会復帰させるために

 生体移植を行おうとする医療機関と、

 その行為が他者の犠牲の上に成り立っているが故に疑義を呈す人々の話だが、

 先日読んだ人造人間アンソロジー『フランケンシュタイン伝説』

 思い出した。

 

あらしの鳥、あらしの夢(Storm-Bird,Storm-Dreamer,1966)

 農作物に散布された成長促進剤の影響を受けて巨大化した鳥類が

 人間を襲うようになり、防衛隊に加わったクリスピンは、

 鳥の羽根を集める未亡人キャサリンと出会った――。

 よかれと思ってしたことが裏目に出た悲劇。

 だが、彼にとっては本望だったのかもしれない。

 どことなくレオ・ペルッツ作品を思わせる雰囲気。

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夢の海、時の風(Tomorrow is a Million Years,1966)

 辺境の星で妻と暮らすグランヴィルは、

 砂の湖をエイハブ船長らを乗せたピークォド号が航行する幻影を見て

 興奮するが、妻の反応は冷たかった。

 そこへ彼を追ってやって来たソーンウォールド警部は――。

 

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