深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『ギリシャ・ミステリ傑作選~無益な殺人未遂への想像上の反響』

三年前に竹書房のSFアンソロジー『シオンズ・フィクション』を読みまして。

 

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そのギリシャ版とも呼ぶべき『ノヴァ・ヘラス』が出るよ!

とアナウンスされていたのでボーッと待っていたら、今年になってようやく。

 

 

すると立て続け(?)にミステリ部門も現れたわけです。

こっちを先に読んじゃえ、と。

 

 

正確に言うと、『ノヴァ・ヘラス』も『無益な殺人未遂への想像上の反響』も

発売日の告知が出て予約して発売日が延期未定になって予約がキャンセルされ……

を二回繰り返したのですがね、まあ、いいでしょう。

ギリシャ・ミステリ傑作選~無益な殺人未遂への想像上の反響』は

本国で『ギリシャの犯罪5』というタイトルで出たアンソロジーの邦訳で、

15編収録。

基本的にネタバレなしで全編について、つらつらと。

 

 

アンドレアス・アポストリディス「町を覆う恐怖と罪――セルヴェサキス事件」

 語り手〈私〉から見た〈翻訳家〉の姿。

 彼は紛争地帯で国連の監視団に同行していたかと思えば

 違法な出版物を所持してもいた。

 〈私〉は彼の夢の記録を複写した――。

  *

 〈翻訳家〉の夢日誌はどことなくJ.G.バラード『残虐行為展覧会』を思わせる。

 綴られているのはギリシャ(及びバルカン半島)の政治的混乱について。

 しかし、読み物としては取り留めがなさ過ぎてピンと来るものがない。

 

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■ ネオクリス・ガラノプロス「ギリシャ・ミステリ文学の将来」

 若き新聞記者ディノス・プロトノタリオスは作家志望で、

 ミステリ小説の原稿を重鎮ペリクリス・ディムリスに

 目の前で読んで批評してもらえることになったが……。

  *

 最後の一文が意味深長ナリ。

 

■ ティティナ・ダネリ「最後のボタン」

 1965年7月23日、アナスタシオス・ゲロヴァシラトス警部補は

 新たな事件の捜査に当たった。

 大物弁護士ペトロス・ディーム邸で変事が起きたのだ。

 押し入ろうとした不良集団を排除しようとしていて足を滑らせたディーム夫人が

 亡くなったというのだが、

 アナスタシオスはアクシデントではなくディーム氏が妻を殺し、

 周囲が口裏を合わせていると確信して駆け回ることに。

 それというのも亡くなった夫人フォティニはかつて彼の恋人だったのだ……。

  *

 タイトルは最後のとあるがシャツの第一ボタンのことで、

 いつもそれをきちんと留めていた清楚なフォティニを象徴するアイテムだった由。

 職業上の責任感より私情が勝り、

 何としてでも犯人を逮捕したいと奔走するアナスタシオスの秘めたる激情。

 

■ ヴァシリス・ダネリス「バン・バン!」

 ナンシー・シナトラの「バン・バン」が流れるバーで追想に耽る女。

 彼女は夫と初めて出会った子供の頃から今までの思い出と

 自らの感情を振り返っていた。

 そして……。

 

衣装を変えないなら祭りの意味はない。(p.109)

 

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■ サノス・ドラグミス「死せる時」

 7月初旬のアテネ

 個人調査・尾行を請け負う探偵M.パパゾグルは

 仕事の終わりに女性の死体を見つけ、警察に通報した。

 但し、自分の名前や身分を告げるのが億劫だったので、

 スマホではなく公衆電話から。

 現場を離れるとき、探偵は

 死体が握っていた銀と思われる鎖の付いたメダルのようなものを持ち去った――。

  *

 探偵は亡くなった恋人の喪に服し、供物を蒐集し続けていた。

 私に理解できないのは、探偵の思考回路と行動より、

 亡くなった恋人が、パートナーが出張で部屋を空けている間、

 寂しいから買春しようとした、という部分。

 だからって変なヤツに殺されていいって話にはならないけれども。

 

■ アシナ・カクリ「善良な人間」

 70歳のディモスは父から受け継いだ仕事を続けてきたが、

 後から共同経営者になったペトロス・エフシマキスに実権を奪われていた。

 オフィスの片隅で細々と働き続けるディモスの悩みは環境破壊。

 例えば猛暑で山火事が発生し、多くの罪なき動物が命を落としていること、など。

 善良な彼はある日、行動を開始した――。

 

■ コスタス・Th・カルフォプロス「さよなら、スーラ。または美しき始まりは殺しで終わる」

 街角の売店で偶然出会った美女に一目惚れした初心(ウブ)な男の悲劇。

 出オチだろ(笑)。


■ イエロニモス・リカリス「無益な殺人未遂への想像上の反響」

 作者と、そのデビューを後押しした編集者の実際の関係を

 フィクションに落とし込んだ奇妙なドタバタ劇。

 現実と虚構の間(あわい)を掬い取った……と言えば聞こえはいいが、

 どうにも内輪受け狙いの楽屋話っぽくて好感が持てない。

 というか、これはミステリなのか?

 

ペトロス・マルカリス「三人の騎士」

 タイトルは昔のヒット曲の題名で、

 物乞いやゴミ漁りをする三人組に付された皮肉交じりの綽名。

 日々の生業に限界を感じたソクラテスペリクレスは猟場を変えると言い出し、

 プラトンを残して立ち去ったが……。

  *

 失業・ホームレス問題、あるいはオリンピックの負債など、

 ギリシャの世相を切り取った社会派ミステリ……らしい。

 

■ テフクロス・ミハイリディス「双子素数

 人気サッカー選手であるアルキスが惨死し、

 呆けたようになってしまったソマスを見つめる幼馴染みの女性刑事

 オルガ・ペトロブルは、恋人の協力もあって事件の真相に辿り着く……。

  *

 タイトルは「差が2である二つの素数の組を構成する各素数」のことだが、

 内容にはあまり関係がない。

 似ていない双子のメシメリス兄弟(二卵性か?)ソマスとアルキスを巡る、

 サッカー八百長問題が絡んだ愛と復讐の物語。

 男社会で懸命に踏ん張るオルガを支えるハッキングもお手の物……な

 恋人ディミトリスがイイやつなのだ。

 

■ コスタス・ムズラキス「冷蔵庫」

 殺害された老人は何故、膝を撃たれていたのか――。

 タイトルは隠蔽・凍結された事件の謎が漏れ出す場所の比喩。

 1967~1974年のギリシャ軍事独裁政権以降も続く

 警察機構の秘密主義や移民問題を背景とする個人の悲劇。

 

ヒルダ・パパディミトリウ「《ボス》の警護」

 ハリス・ニコロプロスは《人命・財産に関する犯罪捜査課》副主任。

 ところが畑違いの仕事が舞い込んできた。

 アテネ公演を行うブルース・スプリングスティーンの命を狙うかのような脅迫文が

 舞い込み、部下と共に警護に当たることになったのだ――。

  *

 犯罪を扱った短編だがイイ人揃いでユーモラスな作品。

 

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「別のアーティストを殺そうとしてるって意味? 今週アテネに来る他の?」

「マラカサにスコーピオンズが来ますけど」

「ああ、そっちは大丈夫。ほとんど死んだゾンビみたいな連中ですよ」(p.306)

  ↑ ひ、ひどいッ(笑)ところでこれ ↓ は何と、ヴァネッサ・メイとの共演!

 

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■ マルレナ・ポリトプル「死への願い」

 交通事故多発地点でまたしても起きた死亡事故、

 その裏に隠された犯罪とは――。

 心優しい警察官たちは死亡者と遺族の痛みに想いを馳せる。

 背後には《ギリシャ危機》が。

 

「斜め読みで理解していくその才能には感嘆するよ」(p.334)

 

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■ ヤニス・ランゴス「死ぬまで愛す――ある愛の物語の一コマ――」

 生活に行き詰ったカップルが引き起こした惨劇。

 つくづく救いがない。

 ちなみに、重要な役を演じるシグ・ザウエルは

 ドイツのザウエル&ゾーン社の拳銃で装弾数は12~15発(マガジン式)なので、

 作中で8回発砲されることに問題はない。

 

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■ フィリポス・フィリプ「ゲーテ・インスティトゥートの死」

 タイトルのゲーテ・インスティトゥートGoethe-Institut)は

 ドイツ政府が設立した公的な文化交流機関で、

 名称はヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテに由来。

 そこで起きた殺人事件を巡る人物模様……というか、痴情の縺れ。

 語り手の新聞記者ティレマホス・レオンダリスは

 仲間の一員でありながら色恋沙汰からは弾き出されているという気の毒な立場。

 

真実はむずかしい代物だ。(p.388)

 

結びの一言、二言

いわゆるミステリ好きの人が謎解きを期待して読むと

肩透かしを食ってしまいそう。

推理やサスペンスよりノワール(犯罪小説)という言葉で括った方が

ピンと来そうな趣きなのだけど、

どうにも掴みどころのない話が中心……のような気がする……なんて思うのは

私だけですかそうですか。

ともあれ、半分くらい叙述トリックの「死せる時」と、

兄弟愛×サッカー賭博問題「双子素数」は、なかなか面白かったデス。