ジョン・ポリドリ「吸血鬼」の新訳目当てで購入したアンソロジー
『吸血鬼ラスヴァン』(東京創元社)を読了。
吸血鬼小説の鼻祖とされるブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』より前に
ポリドリの「吸血鬼」は『ドラキュラ・ドラキュラ』で
二、三度読んでいるのだが、編者=種村季弘先生が佐藤春夫の訳を
原文に照らし合わせると杜撰だと
解説(p.246)で述べておられたので(ひょえー)。
以下、収録作について、つらつらと(ほぼネタバレなし)。
「吸血鬼ダーヴェル――断章」(Fragment of a Novel,1819)
1816年6月17日に語り手「私」が過去を回想して綴った手記。
17xx年、年長の友人オーガスタス・ダーヴェルを誘って旅に出たこと。
護衛と馭者を雇ってエフェソスの遺跡を目指したが、
ダーヴェルは奇妙な遺言を託して死。
私は彼を葬った……というところで未完。
解説によれば、語り手が帰国すると
死んだはずのダーヴェルが妹を口説いていた――といった展開が
予定されていたらしい。
■ ジョン・ウィリアム・ポリドリ
「吸血鬼ラスヴァン――奇譚」(The Vampyre:A Tale,1819)
ロンドンの社交界に足を踏み入れたオーブリー青年は、
喧騒の中に身を置きつつ我関せずといった態度のラスヴァン卿に惹かれ、
二人で旅に出たが、金の使い方や恋愛沙汰など、
卿の態度に首を傾げることが増えたため、袂を分かった。
ギリシャにて、オーブリー青年は
間借りした家で出会った女性アイアンシーから吸血鬼の怪談を聞いた。
迷信を一笑に付すオーブリー青年だったが……。
解説によると、未完に終わったバイロンの「吸血鬼ダーヴェル」の
着想を聞いたポリドリがアイディアを膨らませて完結させたのが
「吸血鬼ラスヴァン」。
『グレナヴォン』において、バイロンをモデルとするキャラクター、
グレナヴォン伯爵ことクラレンス・ド・ラスヴァンから採られており、
プレイボーイにして他者の精気を吸い取る吸血鬼的人物だったバイロンへの
当てこすりとされる由。
■ ユライア・デリック・ダーシー
「黒い吸血鬼――サント・ドミンゴの伝説」
(The Black Vampyre:A Legend of Saint Domingo,1819)
1791~1804年のハイチ独立革命をモチーフとする作品で、
このペンネームを用いた作者はロバート・チャールズ・サンズと目されるが、
他説もあるとか。
ギニアの東海岸からサント・ドミンゴへ売られて来た奴隷の少年と、
彼を買った農園主一家を巡るドタバタ劇。
■ ジェイムズ・マルコム・ライマー,トマス・プレスケット・プレスト
「吸血鬼ヴァーニー――あるいは血の晩餐」
(Varney the Vampire;or the Feast of Blood,1847)
1845~1847年に英国の廉価週刊誌で連載された
長編“三文恐怖小説(ペニー・ドレッドフル)”全232章(!)の抄訳。
フランシス・ヴァーニーと名乗る吸血鬼が
生き長らえるために人を襲って血を啜ったり、
財産を奪おうと画策したりするのだが、
複数の筆者によって書き継がれたらしく、
類似パターンのエピソードを繰り返すかと思えば、
主人公の来歴に都度矛盾が生じるといった脈絡のなさを提示してもいる、
歪な長編小説。
しかし、不自然なまでの長大さと、ある種のデタラメさが、
却って不老不死の吸血鬼なる不条理な存在を活写することに貢献したと
言えるのではなかろうか。
■ ウィリアム・ギルバート
「ガードナル最後の領主」(The Last Lords of Gardonal,1867)
超能力を持つ占星術師インノミナート(名無しの意)が
人々の相談に応じるシリーズの一編で、
スイス南東エンガディン渓谷のガードナル城没落の経緯を描いた作品。
暴威を振るう領主がインノミナートの魔術によって追い詰められていく。
解説に曰く、被害者であるテレサは富農の娘なので、
小作人からすれば搾取者=吸血鬼に類似する存在である点がミソ――
といったところで、エリアーデ『令嬢クリスティナ』を思い出した。
■ イライザ・リン・リントン
「カバネル夫人の末路」(The Fate of Madame Cabanel,1873)
英国からブルターニュの小村に嫁いだ美しい女性、ファニー・キャンベル。
彼女は年の離れた夫で村の実力者であるジュール・カバネルと
幸せに暮らし始めたが、
いつかジュールと結ばれることを夢想していたメイドのアデルから
嫌がらせを受け……。
乳児の体調を気遣う態度を吸血行為と誤解される場面で
■ フィル・ロビンソン「食人樹」(The Man-Eating Tree,1881)
語り手が旅行家の伯父ペレグライン・オリエルから聞いた、
ヌビア地方での怪事。
■ アン・クロフォード
「カンパーニャの怪」(A Mystery of the Campagna,1886)
画家マルタン・デタイユと小説家ロバート・サットンが、
共通の友人である音楽家
マルチェロ・スーヴェストルを襲った悲劇について語る二部構成の小説。
葡萄園に引き籠もって作曲に励んでいるはずの
マルチェロの様子がおかしくなり……。
何故、途中から語り手を変更する書き方なのか疑問に思ったが、
ラストで仕掛けの意味が判明。
ちなみに、作者の弟フランシス・マリオン・クロフォードは
アメリカ国籍の怪奇小説作家で「上床(upper berth)」
「血は命の水だから(For the Blood Is the Life)」などが夙に有名。
■ メアリ・エリザベス・ブラッドン
「善良なるデュケイン老嬢」(Good Lady Ducayne,1896)
ベラ・ロールストンはアデライン・デュケインという年老いた独身女性宅にて
住み込みの付き添い婦となったが、
アデライン老嬢と主治医のレオポルド・パラヴィシーニ博士は
妙な雰囲気を漂わせており……。
■ ジョージ・シルヴェスター・ヴィエレック
「魔王の館」(The House of the Vampire,1907)
作家レジナルド・クラークを慕って集う駆け出しの若者たち。
彼らを厚遇するレジナルドには、ある狙いがあった――。
人の生き血を啜るのではなく、内面を侵蝕し、
才能を吸い上げる精神的吸血鬼(サイキック・ヴァンパイア)奇譚。
ブラックウッド「転移」(Transition,1911)や、
よいアイディアは俺様のような非凡な人間の手中にあった方が、
より見事な作品として開花する――という
モラハラ系屁理屈を形にする悪魔的人物の話、とも言える。
やはりモダンホラーよりゴシックの方が自分の好みに合う……と再認しつつ、
表題作以外はあまり刺さらなかった。
概ね中途半端なボリュームで、
読んでいるうちに飽きてしまいがちだったせいかもしれない。
収穫はバイロンの未完の作「吸血鬼ダーヴェル」に描かれなかった
終盤の流れをポリドリが流用して「吸血鬼ラスヴァン」が完成されたのを
確認できた点と、
以前、原著のペーパーバックを買って読もうかどうしようかと迷った
ライマー&プレスト「吸血鬼ヴァーニー」の抜粋を読めたこと……かな。