深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

100分de名著 シャーロック・ホームズ スペシャル

テキストを読みつつ番組を見て思ったことなどを。

 

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朗読担当の山寺宏一さんは以前、人形劇版ホームズで主役だったので、

なるほどイメージにピッタリ。

 

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第1回 名探偵の誕生

医師になってから文学を志したアーサー・コナン・ドイル

月刊誌『ストランド』に様々な作品が掲載されているのを見て、

同じ主人公が各号で活躍できるシリーズを構築しようと思い立った。

ホームズ・シリーズ第一作は「緋色の研究」(1887年発表)。

 

 

一話完結ものの元祖であり、また、一作目にしてシリーズの特徴がよく出ている。

ワトソンの洞察力×ホームズの方法論=推理分析学。

殺人は人生に混じった緋色の糸……なのだが、「正義の殺人」をどう描くべきか。

推理分析学を提唱する諮問探偵であるホームズにとって、

犯罪の解決は「人間とは何か」の探究。

犯人の動機が明かされると無数の糸の中の一本の緋色の糸のニュアンスがよくわかる。

先んじて世に出た名探偵オーギュスト・デュパン(by E.A.ポオ)より

ホームズの方が人口に膾炙したのは、

探偵を観察し、事件を記録する友人でもある語り手「私」の存在感の差、故か。

対話という物語の形式がホームズシリーズの大きな魅力。

探偵−語り手(物語の記述者)←→読者の目線。

他方、デュパンシリーズの語り手は固有名も――言ってみれば〈顔〉もない、

単なる記述係に過ぎないのだった。

 

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第2回 事件の表層と真相

赤毛組合」「唇のねじれた男」(『シャーロック・ホームズの冒険』収録)等、

ロンドンの街角で起きた小さな事件や、実は犯罪ですらなかったケースについて。

日常という表層の下に巣食う悪意や

19世紀末ロンドンの風景の緻密な描写を背景とした、

人間の二面性や二重生活がもたらした悲劇、

あるいは過去の恋愛と裏切りの情景などが綴られ、

そこに浮かぶ人間ならではの盲点や錯覚を利用した物語が醸し出す独特の後味が、

ホームズ・シリーズを含む英国ミステリの特徴の一つである。

シリーズにおいて、警察は往々にして無能な集団として描かれ、

滑稽な存在として読者の嘲笑の対象=ホームズの引き立て役となっている。

探偵小説にゲーム性を求め過ぎると、

トリックや捜査方法が最先端を目指すことに重点が置かれてしまう。

しかし、旧時代の古い物語に惹きつけられる読者が未だ多いのは、

ホームズとワトソンの対話から浮かび上がる人生の機微、すなわち

当シリーズの文学的側面に触れることに喜びを見出す人が大勢いることを

意味しているのだろう。(←おっしゃるとおり!)

 

 

ところで、番組中「赤毛組合」内容紹介アニメでは、

質屋のウィルソン氏がフリーメーソンであることを言葉で説明せず、

襟にシンボルマークを象ったブローチを付けているという演出がニクイぜ(笑)!

 

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唇のねじれた男」にて、夫と妻の認識のズレが生んだ奇妙なエピソードについて、

愛情と、それに対する背信行為があって罪の意識が生まれ、

真相を看破したホームズが夫妻の軌道修正を促すところが文学的――と、

ナビゲーター廣野由美子氏。

然り。

 

第3回 ホームズと女性

ホームズ・シリーズにおける女性像の読解。

作中に登場する数多の凛とした美女。

女はかくあるべし――という価値観が揺らぎ始めた時代に

コナン・ドイルがホームズの許へ送り込んだ女性たちの姿、とは……。

①「ボヘミアの醜聞

シャーロック・ホームズの冒険』収録。

ワトソン曰く、

「ホームズにとって恋愛感情は冷徹さ・緻密さを旨とする彼のバランスを崩す

 忌まわしいもの」。

フォン・クラム伯爵と名乗る覆面の依頼人の正体はボヘミア国王で、

結婚を控えた彼はかつての交際相手であるオペラ歌手アイリーン・アドラーとの

ツーショット写真をネタに彼女から脅されていた。

牧師に変装してアイリーンに近づき、写真を奪おうとしたホームズだったが失敗。

後日、男装した彼女に自宅前で挨拶されるという失態を演じる羽目に。

アイリーンは夫と共に旅立ち、部屋には彼女が一人で写った写真が残されていた。

彼女は身を守るために例のツーショット写真は保管しておくと書き添えていた。

顚末に満足したボヘミア国王に

褒美を取らすと言われたホームズはその写真を所望する――。

ホームズはアイリーンに負けたことを認め、

以前のように女性の賢しらさを冗談の種にするのをやめた、と結ぶワトソン。

アイリーンの変装・追跡・真相の確認方法はホームズと同じ、つまり、

二人の頭脳・行動力は互角だった。

この結末は女性の読者を敵に回さないというドイルの戦略だったか。

また、ホームズが頭脳戦での負けを素直に認めるラストで

好感度を高めようとしたのか。

番組中、今回も伊集院さんの慧眼が光った。

曰く、冒頭でアイリーンが故人と示すことで、

キャラクターの使い回しを封じてしまったドイルの潔さ・自信の表れが凄い!

また、アイリーンが国王に未練を抱いているとか

別離を後悔しているといった叙述がないのも痛快だし、国王がダサイ(笑)!!

②「サセックスの吸血鬼」

シャーロック・ホームズの事件簿』収録。

当初、吸血鬼という手紙の文言に拒否反応を示したホームズは、

超自然と現実の間に境界線を引き、「探偵の仕事の領域は現実世界限定」として

理性的に対処しようという姿勢を示す。

が、実は、ホームズが踏み込もうとしない超自然の世界を

作者ドイル自身は強く信じていた。

基本的に女性へのリスペクトを欠かさないドイルではありながら、

異国からやって来た一見エキセントリックに映る女への偏見は拭い切れず、

本作に反映されているのだが、これは当時の知識人の認識の限界だったか。

ともあれ、ドイルは事件に巻き込まれる女という切り口から、

女性の心理・人間像を描こうとしたのだった。

 

③「第二のしみ」

シャーロック・ホームズの生還』収録。

ヨーロッパ問題担当ホープ大臣が自宅で保管していた機密書類が消えた――。

ここでも鍵になるのは行動的な女性。

ホームズ・シリーズの面白さは国家規模の犯罪であってもそうでなくても、

結局は人間の心理が重要なのだと読者に感じさせるところ。

 

 

シリーズを通し、ホームズは概ね女性に冷淡で女嫌いを思わせるが、

女性の依頼人に助けを求められるとじっとしていられない様子でもある。

ドイルは19世紀末英国の新しい(働く)女性の姿を他の作家の小説――

サッカレー『虚栄の市』,シャーロット・ブロンテジェイン・エア』など――で

読み、自身も新・女性像に光を当てることに寄与した。

ドイルはホームズ・シリーズを通して「事件を通じて露わになる女性の姿」を

様々な角度から描いたが、一個の人間としての女性に関心を抱き、

その実像をニュートラルに捉えるための装置として

恋愛に陥らない設定のホームズを利用したのではなかったろうか……。

 

 

でも、こういう捉え方もあるんですよね。

難事件に挑むホームズと、彼を支えるワトソンのクィア的関係

浮き彫りになっている作品が複数……と。

もっとも、謎解きバディものはコンビを組んで敵に立ち向かう結構からし

同性愛的な雰囲気を纏いがちですからね。

その先駆がホームズシリーズだったと考えると胸熱というか(笑)。

 

 

第4回 人間性の闇と光

読者に「何故?」と思わせる〈謎〉は、あらゆる文学作品に盛り込まれているが、

そのミステリの要素を高度に発達させたジャンルが探偵小説。

故に、それは単なる謎解きゲームであるとの見解もあり、

フェアプレー精神ためのルールがマニュアル化された。

 

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しかし、ナビゲーター廣野由美子氏は、

探偵小説と文学は通底していて、探偵小説も文学の一形式であり、また、

小説とは「人間が描かれたもの」と考えている由。

 

ジャンルとしての探偵小説は、歴史上、職業探偵が誕生した時代に初めて成立した。

それによって人間の〈悪〉を白日の下に晒し、

罪を理路整然と暴けるようになったが故に、

探偵小説は人間の弱点や人間性の暗部を探究するのに格好の文学ジャンルとなった。

 

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探偵という文学装置の導入によって人間の暗部が探究される、冤罪事件2題の読解。

①「ボール箱」

シャーロック・ホームズの回想』収録。

切り落とされた耳が箱に入れられ、女性の家に届くという猟奇的な幕開け。

怪奇色の強い事件の背後に立ち上る情念、憎しみと苦しみの連鎖は、

結局どこにも辿り着けない人間の闇を表現している。

闇とは、誰もが持つ感情に何かのきっかけでブレーキが掛からなくなると発生する

異常行動か。

切られた耳というオブジェクトによって、

読者は痛みをリアルに受け留めることが出来る。

 

……と、ここで脱線しますが、マーガレット・ミラー『鉄の門』で、

主人公ルシールに届けられた嫌~な贈り物が重要なアイテムになっていますけど、

箱の中の●●(←ネタバレ防止のため伏せ字)って、もしかして、

このドイル「ボール箱」へのオマージュだったのかなぁ……などと、

今頃思い当たった次第。

 

②「ボスコム谷の謎」

シャーロック・ホームズの冒険』収録。

余命いくばくもない真犯人に自供させ、供述書に署名させながら、

相手を警察に突き出さないホームズ。

それは濡れ衣を着せられた人物が無罪を勝ち取ることを確信しての行為であり、

万一有罪判決が下ったときはこの証拠を提示しようとの考え。

何故なら、そもそも殺害された被害者が悪事を働いていたから――という具合に、

警察との立場の違いが鮮明に。

ホームズの采配は真犯人に行き着けないレストレード警部の能力不足を

暗に揶揄しているかのよう。

 

シリーズの大ヒットは、天才的な探偵(ホームズ)ではなく、

その相棒となる普通の善人(ワトソン)に自らを投影して、

読者の好感度を高めた作者ドイルの作戦勝ち。

 

伊集院氏曰く(大意)ドイルは文学者としての地位を高めるべく、

ホームズから離れようとしたものの、歴史小説などへの評価は芳しくなく、

またホームズ・シリーズに戻ったが、最終的な店仕舞いの仕方がきれいだった。

それは素晴らしい才能のなせる業であり、彼はよい作家だったと言えるだろう――。

ライヒェンバッハの滝でホームズの死(あるいは死体)を克明に描写しなかった

ドイルは、その時点で名探偵がいずれ復活するはずだと考えていたのでは……。

 

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探偵小説は民主主義国家にしか生まれ得ず、平和時でなければ栄えないジャンル、

何故なら人が(わりと大勢)死ぬ筋書きになっているから。

またまた脱線しますが、日本でも日中戦争勃発によって、

理由・動機はどうあれ日本人が同胞を殺すストーリー展開はけしからん!

と、お咎めを受け、江戸川乱歩らが探偵小説を自由に執筆できなくなり、

当局に睨まれないようスパイものにシフトせざるを得なかった時期があったとか。

 

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ホームズ・シリーズが人気を博し、

同時期に現実に起きた〈切り裂きジャック事件〉が耳目を集めたのは、

ヴィクトリア朝が人々にゆとりをもたらしていたことの証。

 

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廣野氏曰く、「ネタやトリックが割れたらそれでおしまい」とはならず、

繰り返し読まれ、時代が下っても読み継がれるなら、

その探偵小説は使い捨てのゲームではなく

れっきとした文学である。(←まったくもっておっしゃるとおり!!)

 

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【おまけ】

ホームズ・シリーズ読解にとっても役立つ一冊、高山宏『殺す・集める・読む』