深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『ダブル/ダブル』

昔からタイトルを気にかけつつ、何となく買いそびれていた本を
先月ふとしたきっかけで古書店で購入、読了。
カナダのマイケル・リチャードソンなる人物による
「影」「鏡」「分身」「双子」等々を扱った作品を集めたアンソロジー

ダブル/ダブル (白水Uブックス)

ダブル/ダブル (白水Uブックス)

  • 発売日: 1994/09/01
  • メディア: 新書
 

 

書影が出ないので画像を貼っておきます。

イラストは玖保キリコさん。

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アンソロジー『ダブル/ダブル』書影


分身を描いた短編と言われて咄嗟に思いつくのは
ポオ「ウィリアム・ウィルソン」くらいだったので、
20世紀欧米・南米の怪奇・不条理小説のバリエーションの豊富さが楽しかった。
ただ、訳者あとがきによると、ボルヘス「August 25」(1983年)は
権利の問題でこの日本版に収録できなかったそうで、残念。
読んでみたかった。

訳出されたのは――

 

ジョージ・D・ペインター「かれとかれ」
ハンス・クリスチャン・アンデルセン「影」
ルース・レンデル「分身」
トンマーゾ・ランドルフィゴーゴリの妻」
ジョン・バース「陳情書」
ポール・ボウルズ「あんたはあたしじゃない」
グレアム・グリーン「被告側の言い分」
スーザン・ソンタグ「ダミー」
ブライアン・W・オールディス「華麗優美な船」
アルベルト・モラヴィア「二重生活」
エリック・マコーマック「双子」
フリオ・コルタサル「あっちの方では――アリーナ・レイエスの日記」
アルジャーノン・ブラックウッド「二人で一人」
アドルフォ・ビオイ=カサーレス「パウリーナの思い出に」

 

コルタサル「あっちの方では」は、光文社古典新訳文庫
『奪われた家/天国の扉』(寺尾隆吉=訳「遥かな女」)で既読。

奪われた家/天国の扉 (光文社古典新訳文庫)
 

 
倦怠感に満ちた日記を綴り、言葉遊びに耽るアリーナは、
遥か遠くにいる女性の姿を幻視する。
彼女は虐げられ、辛い想いをしているに違いなく、
自分が傷を癒してやれないだろうかと考えるアリーナが
結婚して夫と共にブダペストへ新婚旅行に赴くと……。

 

特に面白かったのはルース・レンデル「分身」。
ピーターが婚約者リーザと共に公園へ行くとカップルの先客がおり、
その女性が自分にそっくりだと怯えるリーザ。
自分の分身に出会った者は遠からず死ぬのだ――と。
ピーターにはリーザとその女性ゾーイが似ているとは思えなかったが、
写真を届けにいったのがきっかけで、段々親しくなっていき……。
[教訓]二兎追う者は一兎をも得ず。

 

話は逸れるけれども「双子」で思い出すのは、その名を持つパン fendu 。

www.bread.jp.net

 

チーズフォンデュの fondue とは別の単語で「双子」あるいは「割れ目」の意。

澁澤龍彦「空飛ぶ大納言」(『唐草物語』p.31-32)に、

 

 > 蹴鞠で用いる鞠はサッカーのボールのように球状ではなく【略】
 > フランスパンにも似た、まんなかの部分を強く締めくくった、
 > ややくびれたものであった

 

唐草物語 (河出文庫―渋沢龍彦コレクション)

唐草物語 (河出文庫―渋沢龍彦コレクション)

  • 作者:澁澤 龍彦
  • 発売日: 1996/02/01
  • メディア: 文庫
 

 

――と、あるとおり、
天保12(1841)年、歌川国芳「流行猫の曲鞠」に描かれた、

蹴鞠に興じる猫が用いているのは、
巨大な桃のようなフォンデュに似た形状なのだった。

 

ねこのおもちゃ絵: 国芳一門の猫絵図鑑

ねこのおもちゃ絵: 国芳一門の猫絵図鑑

  • 作者:長井 裕子
  • 発売日: 2015/11/25
  • メディア: 単行本