深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『ギリシャSF傑作選~ノヴァ・ヘラス』

順序が逆になりましたが、

ギリシャ・ミステリ傑作選~無益な殺人未遂への想像上の反響』に続いて

ギリシャSF傑作選~ノヴァ・ヘラス』読了。

 

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

 

現代ギリシャSF小説アンソロジー、全11編。

ギリシャ語(原著)⇒英語版⇒日本語版という重訳が主だが、

そもそも英語で書かれた作品もあり。

だけど、アンソロジーの編者両名はイタリア人だという(ややこしや)。

以下、全編についてつらつらと、いつもどおり基本ネタバレなしで。

重要なポイントに触れざるを得ないときはその部分を白文字にしておきます。

お読みになりたい方は文字列ドラッグ反転でどうぞ。

 

 

ヴァッソ・フリストウ「ローズウィード」

 半ば水没したギリシャで、残存する建築物の居住適合性を調べる女性ダイバー、

 アルバ・ガッツは新しい仕事の面接を受けた。

 富裕層の娯楽のため、スリル満点のテーマパークが造られるというのだが……。

  *

 気候変動、海面上昇、格差、差別、民族主義――etc.

 様々な〈懸念〉が現実化した近未来のエーゲ海で懸命に生きる

 アルバニア系の若い女性の物語。

 

コスタス・ハリトス「社会工学

 国中が遍く拡張現実で覆われた近未来のギリシャ――だが、

 区画ごとにそれを統御する母体(ギルド)が異なるため、

 別エリアに移動すると

 違ったナビゲーターが〈インプラント〉を介して視界に現れる。

 語り手〈おれ〉ことエンジニアのダニエル・ワンは、

 アテネの50%を占める未だどの勢力がARをコントロールするのか曖昧な

 グレーゾーンを統治する団体を決する住民投票において、

 市民の投票行動を操作する違法な業務を請け負った……。

 

イオナ・ブラゾプル「人間都市アテネ

 ネオ・ルネサンスとでも呼ぶべきか、

 資本主義ではなく〈人本主義経済〉社会となった近未来のギリシャ

 労働力として移民が押し寄せる。

 コンゴ出身のマデボは世界各地を転々としながら

 少しずつ出世してきたと思われるが、愛する妻子と離れ離れになっている。

 アテネの〈弁務官〉(アジア系の女性)は

 「人間は都市の束縛から解き放たれた」と言うのだが……。

   *

 人本主義=ヒューマニズム

 国境の概念があやふやになり、

 人の移動が自由化されたと言えば聞こえはいいが、結局、貧者は流れ者となり、

 安価な労働力として都市で酷使されることを窺わせる。

 

ミカリス・マノリオス「バグダッド・スクエア」

 語り手〈私〉には夫がいるのだが、マッチングアプリで知り合ったドラゴミル――

 同じく既婚者――と不倫している。

 但し、逢瀬は仮想現実の中。

 ところが、あるとき待ち合わせに失敗し……。

   *

 暴言を吐くようですが、全編中これが一番クソどうでもいい話(笑)。

 :複数のVRがレイヤー状になり、

 :微妙に重なっているために接触できたりできなかったりする、ということらしい。

 終盤、語り手は様々なアテネの風景を思い浮かべるが、

  ・高潮がビーチを薙ぎ払っている

  ・街が拡張現実(AR)ゾーンごとに分かれ、

   それぞれのゾーンが異なる協会(ギルド)によって管理されている

  ・アテネの人々が〈人間都市アテネ〉で移民として放浪している

 等々、本書で先に配置された作品に言及している風で、

 その点のみ、ちょっとだけ面白い。

 

イアニス・パパドプルス&スタマティス・スタマトプロス「蜜蜂の問題」

 元警察官ニキタスは不法移民らに紛れて暮らし、

 本物の蜜蜂の代用となる〈蜜蜂ドローン〉の操縦と修理を請け負い、

 身寄りのない12歳の少女リディアを相棒にしていたが、

 本当の仕事は監視ドローン技術者だった。

 彼は本物の養蜂家アクラムとパートナーのクリスティナのカップルと

 交流を持ったが……。

   *

 作者コンビの一方の名はスタマトプロスが正しいはずだが、

 スタマトプルスと表記されている(ダメじゃん)。

 

ケリー・セオドラコプル「T2」

 アレクサンドロス=フィリッポスとエリエッタ=ナタリアは、

 エリエッタが妊娠したので検診を受けるため、列車で診療所へ向かうことに。

 T1車両とT2車両のどちらを選ぶかで料金は大きく異なるのだが、

 二人はアレクサンドロスの意志によって

 「環境に優しい洗剤で一日二回掃除している」という触れ込みのT1を選択。

 どちらの列車を選ぶかで

 乗客の社会的階層が浮かび上がってしまう世の中なのだった。

 二人はT2に乗車してきたに違いないデモ隊の群れを迂回して、

 無事、メレコス医師のクリニックへ。

 胎児は順調に育っているというのだが……。

  *

 タイトルを見た瞬間アレかと思ったが、もちろん違った(笑)。

 移民問題を超えて人種差別的なニュアンスを感じざるを得ず、やや不快な話。

 

 

エヴゲニア・トリアンダフィル「われらが仕える者」

 夏に多くの観光客を迎えるサント島ヘリオトロープホテルのフロントで、

 マノリはアミーリアの訪れを待っていた。

 期待どおり、彼女は例年のようにバックパックを背負って現れた。

 初めての出会いから三十数年、

 もう五十代になっていたが、彼女は相変わらず若々しく溌溂としていた――。

  *

 この本を読んで私が唯一、感動した作品。

 そう、こういうことなのよ! と、一気読みした後に膝を叩いた。

 珍奇な事物や情景が並んでいればいいってもんじゃないんだ、

 大事なのはヒトのココロよ!!

 ロボット工学三原則を土台にした切なくも清々しい恋物語

 作中に言及はないけれど、

 アミーリアはマノリの正体を察した上で脱出に手を貸したに違いないさ……。

 

ja.wikipedia.org

 

 〈秋冬チーム〉と〈春夏チーム〉が交代するときが来てマノリが目覚め、

 今年で●歳なのだから、このマスクを装着するあるよろし――ってところで、

 チラッとジーン・ウルフ『書架の探偵』を思い出した。

 

 

 いや、ともかく、

 マノリが公休日にアミーリアとサシ飯するシーンがイイ、

 パンとアンティパストの盛り合わせがいかにも美味しそう。

 そういう細かいところに神経を使って書かれた小説が好きだし、

 何より肝心なのは仕掛けより心の問題だろうと思う(興奮してきたな……)。

 モロにネタバレしちゃっているタイーツがございますので、

 結局どういう話なのかお知りになりたい方は

 拙タイッツー内を探し回ってくださいませ。

 

リナ・テオドル「アバコス」

 タイトル Abacos は(架空の)製薬会社の名称。

 ジャーナリストがアバコス社の担当者にインタビューするという形式の、

 対話だけで構成されたブラックな掌編。

 ベジタリアン向けのフェイクミートの上を行く〈製剤〉について。

 お寒い未来の話。

 

ディミトラ・ニコライドウ「いにしえの疾病(やまい)」

 山の上の研究所では医師たちが奇病を抱えた患者のケアに当たっており、

 アーダは新任のキュベレーに指導教官として〈漏失症〉について説明した――。

  *

 作者はこの本の序文も担当。 

 で、ご老体を、ではなく〈老い〉という現象を恐れあるいは嫌悪する気持ちは

 よくわかるけれども、異様な不老長命も考えものでは……と。

 老化への忌避感を表現したマンガのチャンピオンは多分、

 楳図かずお「Rôjin」。

 私、この作品が収録された本を3種も持っているんですよね……(笑)。

 

 

 老けることを恐れる女性の惑乱を描いた宮脇明子「今宵おまえののど笛を」も

 お勧めです。

 ここに登場する吸血鬼は私の好みのタイプではない……けれども、

 長い時間を経て改めて読み返すと、

 ヒロインの心情にはなるほどと思わされるものが。

 

 

 こんなディストピア小説もあったっけ、アーナス・ボーデルセン『蒼い迷宮』。

 

booklog.jp

 

ナタリア・テオドリドゥ「アンドロイド娼婦は涙を流せない」

 ジャーナリスト、アリキ・カリオタキスが

 『ロンドン・ニュータイムズ』誌用に綴った取材メモ、その他。

 《虐殺市場》(キリング・フィールドのような?)とアンドロイド娼婦ブリジット

 及び、その体表に生成される真珠層について。

 

スタマティス・スタマトプロス「わたしを規定する色」

 《2048年の戦争》によって色彩が失われた世界――

 というのも、人々は白から黒へのグラデーションは認識可能だが、

 赤などの色彩を見分けることが出来なくなってしまったのだ。

 しかし、各自が固有の〈色〉を持っていて(誕生石ならぬ〈誕生色〉なのか?)

 それだけは識別し得るため、誰もが〈自分の色〉に強く執着している。

 そんな中、アズール(空色)は、ある男を探していた……。

 

姉妹本『ギリシャ・ミステリ傑作選~無益な殺人未遂への想像上の反響』同様、

ギリシャ製ということで神話や哲学が下敷きになっているのかと期待して読んだら、

意外にしみったれているというか(失礼!)貧乏くさいというか(おい💧)。

現実が想像力に追いついてきた、否、もはや追い越しつつある感――。