深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『阿呆船』

今頃ですが(この切り出し方、多いな、我ながら💧)

買いそびれていた漫画をようやく入手できたのです。

気づいたときには中古価格が高騰していた絶版本を、

先日運よく然程でもない値段でゲットしました(1985年第3刷)。

1970年代末~1980年代初めに雑誌に掲載された

SF短編+SFではない作品、全5編収録の『阿呆船』。

軽く調べてみたところ、表題作は

復刊ドットコムから出た全集には入っていない(?)ようだったので。

 

 

阿呆船(あほうせん):1980年 別冊奇想天外1月号

 タイトルは、多種多様な愚か者どもが

 一隻の船に乗り込んで《阿呆国ナラゴニア》を目指すという筋立ての、

 15世紀ドイツの諷刺文学より。

 四百年前、地球社会に見切りをつけた〈ネハン主義者〉が

 仲間と共に宇宙船ミレニアム号に乗り、

 移住先を求めて旅立ったというのだが、

 小型艇でミレニアム号に辿り着いた歌手アルレキオと

 若き地球連合の総長マルコルフが目にしたものは――。

 発表時期が前後に入り組んでしまうが、

 カーゴ・カルトの話を盛り込んだ諸星大二郎『マッドメン』やら、

 ヒトのヒト型から外れていく進化のありようを描いた

 『未来歳時記・バイオの黙示録』などを連想してしまった。

 でもって、ミレニアム号の中が

 どことなく一にして全状態めいているところなぞは

 「生物都市」「貞操号の遭難」(いずれも『失楽園』収録)を

 連想させるよなぁ……。

 

馬祀祭:1982年 グレープフルーツ第3号

 タイトルはインドの馬祠(めし)

 =諸国を征服した王が権力を誇示するために行う祭で、

 この作品は叙事詩ラーマーヤナ』に描出される

 王子誕生祈願の祭をモチーフとしている。

 舞台は「阿呆船」の時間軸上にあると思われるが、

 物語に直接の繋がりはない。

 

大混沌期を生きのび、かつ、地球にとどまることを選択した人間は

百十億を数えた。

彼らは自然発生的な一万二千の自治都市に別れ、

北京に地球連合政府を置いて穏やかで良識的な、至福千年期を宣言した。

 

 と、冒頭(扉絵の前ページ=p.40)にあり。

 違法薬物の売買など、

 危ない橋を渡って金を稼ぐ青年ローアン・ユイの目的は、

 役人を買収して

 〈九十年祭〉の万華市市長主催の前夜祭に潜り込むことだった。

 市長は若く聡明な美女ルワナ・エラス。

 彼女に傅く側近たちは九十年祭の折に地球連合からの独立を宣言するよう

 進言していたが、

 神権を授かる儀式〈馬祀祭(アシュバメーダ)〉を執り行うため、

 生贄として馬が必要だという話になる。

 だが、市長の同族で最側近である学者セト・ホウリ師は

 「と認められる代替物が手に入ればよい」と告げる。

 ローアンの熱情は瞬時にルワナに伝わり、

 彼女もまた彼に一目惚れした格好になったが、セトによって引き離され……。

 ローアンが有名人であるルワナをアイドルを奉るように慕う気持ちはわかる。

 しかし、アイドル側が

 一人のファンから「ずっと好きだった」と面前で告白されたからとて、

 その気持ちを受け容れることがあり得るだろうか……というのが

 最大の疑問点。

 そこら辺を超越した運命の恋だというなら、

 何かしらエクスキューズが必要であろうと思いつつ、ページを繰って……

 

天界の城:1983年 SFマガジン10・11・12月号

 「馬祀祭」後日譚。

 非合法な手段でクローン再生されたルワナ・エラスは

 〈九十年祭〉で倒れる前のユニセックスな美しさを失い、

 生々しい大人の女として蘇った。

 国王となったローアン・ユイは彼女の帰還を喜んだが、

 暗君としてデタラメ三昧の日々を送っていた彼の容貌は、

 めっきり荒んでしまっていた。

 二人は晴れて夫婦になれるはずだったのだが、セックスの相性が芳しくなく、

 傷ついたルワナを慰めようとしたセトは

 長年押さえつけてきた感情の箍が外れてしまい、

 以後、ローアンの目を盗んで愛欲に溺れる始末……。

 ってそういう意味だったのか――と、納得しつつ何となく悲しくなった。

 早い話が当て馬だったんすね、身も蓋もありゃしないけど。

 ローアンの情熱も献身も、

 ルワナとセトをくっつける接着剤にしかならなかったし、

 おまけに彼自身、人相も人格もすっかり変わって醜くなってしまって。

 「馬祀祭」冒頭、颯爽と登場したローアンは、

 宿命を打ち破るエネルギーに満ちたトリックスターの風貌、

 っぽかったんだけどなぁ……。

 

天使の繭:1979年 ペーパームーン/少女漫画・夏の夜の夢

 天才ダンサー、ポーフィラト・フラズウェルを診察する

 精神科医ジェームズ・コンラッハだったが……。

 ちょっと岡田史子「太陽と骸骨のような少年」を思い出した。

 筋書きが似ているわけではないが。

ja.wikipedia.org

 

青い犬:1977年 別冊少女コミック増刊

 駆け落ちしたジェイル・デ・サントの遺児、双子の兄弟マヌエルとルイ。

 どちらかが伯父の遺した〈北の荘園〉を相続できるのだが、

 決めるのは二人の従兄に当たる現・当主のステファン。

 マヌエルとルイは従妹(ステファンの妹)ダフネを巡り、決闘を――。

 SFではなくヨーロッパ(の、どこか)が舞台のミステリ。

 こういう作品を描いていらしたのですね、知らなかった。

 ぶっちゃけ、自分にとっては今回一番のヒットというか。

 読めてよかったわ(しみじみ)。

 p.179 のコマ割り、言わばネタばらしの瞬間の

 キャラクターの表情の見せ方が最高(マンガならではのテクニック)!

 復刊ドットコム『金星樹』に収録されているので、

 興味をお持ちになられた方は是非。

 

全体的に頭脳派の抒情詩人の業(わざ)といった印象を受けますね。

詩的なのだけど、緻密に計算し尽くされているというか。

甘ったるくないし。

 

ちなみに、中古品を探したい人はこちらを選択するのもアリではなかろうか。

収録作は「阿呆船」「馬祀祭」「天界の城」「羅陵王」「やどり木」。

ja.wikipedia.org

 

後日、他の作品集についても駄弁を弄するやもしれません。