深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』

光文社古典新訳文庫の『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』を購入、読了。

19世紀イタリア怪奇幻想短篇集 (光文社古典新訳文庫)
 

 

編訳者によれば、リアリズムが重んじられたために発展が遅れたものの、

19世紀半ば、E.A.ポオ作品の輸入と、

独自の文学運動の波によって花開いたという

イタリア幻想小説から選りすぐられた9つの短編が収録されている。

主なテーマは「死者の帰還」「強迫観念」「奇譚」といったところ。

もっと変な話を期待していたが(笑)意外にアッサリした理知的なトーンで、

やや拍子抜け。

 

ともあれ、ネタバレしない範囲で全編についてザッと。

 

■イジーノ・ウーゴ・タルケッティ

「木苺のなかの魂」 Uno spirito in un lampone,1869

 狩猟に出た青年男爵Bは喉の渇きを覚え、木苺を摘んで食べた。

 すると、自分が自分でなくなったような、

 あるいは何者かが自分の肉体を奪ったかのような奇怪な感覚に囚われた……。

 死者が生者の口を借りて経緯を語るという、日本の怪談にも通じる怪異譚。

 

■ヴィットリオ・ピーカ

「ファ・ゴア・ニの幽霊」 Lo spettro di Fa-ghoa-ni,1881

 大金がなければ幸福になれないと思ったアルベルト・リーギは

 パオロ・ヴェリーニに苦衷を吐露。

 魔術でめでたく金を手に入れ、結婚したのだが……。

 昔の話なので(情報も乏しかったろうから)やむを得ないが、

 日本人のネーミングがデタラメで、日中印のイメージが混濁。

 それじゃあいっそのことBGMは The Cure "Kyoto Song" だ! とかね(笑)。

 

youtu.be

 

レミージョ・ゼーナ

「死後の告解」 Confessione postuma,1897

 死んだ若い女性が告解のために神父を呼び寄せる話。

 但し、何が語られたかは明かされない。

 カトリック信仰を土台として超常現象が描出され、

 一切はキリスト教の奇蹟の枠に収まるという考えが示される。

 

■アッリーゴ・ボイト

「黒のビショップ」 L'alfier nero,1867

 スイスのホテルのサロンでチェス対局をすることになった

 ジョージ・アンダーセンと黒人の青年富豪トム。

 ジョージは高名なプレイヤーだが、

 トムはアマチュアで、型破りな戦術で迫ってきた。

 白人対黒人の勝負をそのままチェスの白黒の動きになぞらえているが、

 差別的な表現が多い。

 その時代の人権意識に照らしても不快感を覚えざるを得ない叙述が

 多々見受けられるが、最後は「白」も報いを受けた様子。

 

■カルロ・ドッスィ

「魔術師」 Il mago,1880

 幼少期から死の恐怖に取り憑かれ続けて年老いた男は、

 様々な研究に打ち込んできたのだが……。

 

■カミッロ・ボイト

「クリスマスの夜」 Notte Natale,1876

 作者は上記アッリーゴ・ボイトの兄。

 老女マリーアの語りで始まり、

 彼女が慈しんできた“ジョルジョお坊ちゃん”の手稿が開陳される。

 ジョルジョは愛する姉とその娘を亡くして悲しみ、

 自身も体調不良に悩まされながらミラノを歩き回って、

 姉に似た顔立ちのお針子を見初めた。

 クリスマスの夜、彼女に声をかけ、ホテルの部屋へ食事に招待したが……。

 輝く白い歯列と真珠の首飾りの対比が、いかにも美しく同時におぞましく、

 ポオ「ベレニス」(1835年)を連想させる。

ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)
 

 

ルイージ・カプアーナ

夢遊病の一症例」 Un caso di sonnambulismo,1881

 夢遊病になった警察署長が、その渦中、悪辣な強盗殺人の有り様を透視し、

 筆記。

 それによって犯人逮捕に漕ぎ着けたという話だが、

 残念な結末は、当時の医学上の通説に基づくものらしい。

 

■イッポリト・ニエーヴォ

「未来世紀に関する哲学的物語‐西暦2222年、世界の終末前夜まで」

 Storia filosofica dei secoli futuri,1860

 イタリア統一運動を踏まえて描かれた“その先”の世界。

 労働を肩代わりするアンドロイドのお陰で怠惰になる人間の様子。

 

■ヴィットリオ・インブリアーニ

「三匹のカタツムリ」 Le tre maruzze,1875

 イタリア伝統の艶笑譚スタイルの、ブラックユーモア溢れる寓話。

 絶対に嘘をつかない正直者のドン・ペッピーノは

 肉欲にほだされて最大の危機に陥ったが……。

 

当たりはずれもあるけれど、縁のなかった作品に引き合わせてもらえるのが

アンソロジーのいいところ。

今回の№1はボイト(兄)「クリスマスの夜」。

ロマンティックなタイトルと内容のギャップが素晴らしい!

 

ところで、編訳者=橋本勝雄先生と言えばディエゴ・マラーニ『通訳』

若干、御都合主義的だが、

その点に目を瞑っても構わないと思える良質のエンタメ作品。

再読したい。