深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

100分de名著 エドガー・アラン・ポー スペシャル

 

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先にテキストを読んでオンエアに備えておいた。

 

 

■ 第1回:
 「ページの彼方」への旅――『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』

  The Narrative of Arthur Gordon Pym of Nantucket(1838)

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 ポー唯一の長編小説「アーサー・ゴードン・ピム」。

 当時、アメリカでは海洋冒険ものの人気が高かったが、

 実話が好まれていたのでタイトルに narrative の語を用い、

 編集者ポーがピム氏から原稿を預かって手を加えた実話小説

 ――という体裁を取った、メタフィクションの先駆。

 冒険、ホラー、SF……等々、ジャンルを融合させたのは、当時

 ポーが編集者として雑誌ブームの最前線に身を置き、

 読者のニーズを把握していたマガジニスト(雑誌文学者)だったから。

 内容は雑誌連載であるが故のトラブル・ストーリー。

 行き当たりばったりながらも筆力で読者を惹きつけた。

 但し、詳細な描写をする⇔しないことによる駆け引きを目論み、

 巧みな行間のコントロールを行ったにもかかわらず、

 アンフェアとも言える結末になったのは、

 書き手と読み手が当時の科学的知見=地球空洞説を

 共有していたため。

 主人公がどうやって帰還したかは言わなくてもわかるよね、と。

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 ラストは曖昧で、仕掛けは破綻しているが、

 余白を残したことで後代の作家に手法やエッセンスが引き継がれ、

 多大な影響を及ぼすに至った。

 そして、この冒険譚は文学ジャンルを巡るポー自身のサバイバルと

 重ね合わせることが出来るのだった。

 

■ 第2回:作家はジャンルを横断する――『アッシャー家の崩壊』

  The Fall of the House of Usher(1839)

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 詩と散文と心霊主義が融合したメランコリックなゴシックロマンス。

 冒頭から緻密に張り巡らされた伏線が結末に向かって収斂する、

 完璧な「効果の統一」。

 ポーは一編に要する読書時間は一時間が目安と考えており、

 その中で読者を面白がらせる最大の効果を上げることに注力した由。

 伊集院光氏の指摘「かつて一大ブームを築いたホラー映画群の基礎?」に

 膝を打つ。

 同じく、主要なモチーフは美女の死という点を踏まえて

 「死者=それ以上年を取らない=理想の美」と見る慧眼。

 屋敷とその主人の狂気の共鳴⇒二者の一体化を表現するのに

 カットバックという手法を採ったところは、

 20世紀の映画表現の先取りと言え、

 まだ映画が存在しなかった時代に書かれた極めて映画的な小説であり、

 表現ジャンルの枠組みを超えた名作。

 

 ところで、あくまで私見なのだが、読む度に感じるのは、

 ロデリックが自身と一族、そして屋敷の終焉を怖れ、

 おののく態度の裏に横たわるのは、

 双子の妹マデラインとの近親相姦(あるいは強姦)の記憶、

 および、その露見ではないのか――ということ。

 この点を論じた文献はないだろうか……。

 

■ 第3回:「狩るもの」と「狩られるもの」――『黒猫』

  The Black Cat(1843)

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 人間心理に着目し、

 本質的な悪を描出した、ホラー小説の起源の一つであり、

 ポー創作の黄金時代のピークを代表する傑作。

 人間の内部には悪の原理があるという〈天邪鬼の心理〉を

 取り上げた、言わばフロイト理論の先取りだが、

 背景には禁酒運動や、セイラムの魔女狩りの影響もあったのではないか。

 僅かな矛盾や逸脱も許容しない宗教的ユートピアにおける、

 土地の奪い合いに根差した密告・濡れ衣合戦などが……。

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 【伊集院氏の慧眼】

  1.魔女狩りは現代のSNS社会と共通している。

  2.主人公は、殺人を犯した時点で善と悪の心が反転していたのだが、

    更に捻じれが生じ、内奥に後退した善の声が自身の秘密を暴露して、

    警官の前で妻の遺体を隠した壁を叩くという天邪鬼現象が起きている。

  

■ 第4回:ミステリはここから生まれた――『モルグ街の殺人』

  The Murders in the Rue Morgue(1841)

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 世界初の推理小説

 ポーはこれを ratiocinative tales(推理能力を働かせる小説)と自称した。

 彼は推理小説の父であると同時にジャンルの名付け親でもあった。

 

 名探偵オーギュスト・デュパンを活用=シリーズ化することによって、

 ポーはいわゆるスターシステムを確立した。

 また、デュパンシリーズは、

 探偵デュパンとその相棒である語り手のコンビが事件に挑む

 バディ物の起源ともなった。

 

 デュパンのモデルは実在した元犯罪者で、

 出獄後に警察の密偵を務めたフランソワ・ヴィドックと目される。

 探偵=犯罪者の知性を反復することが出来る存在、という考え方。

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 推理(探偵)小説の成立要件

 =近代都市の成立と、そこを行き交う人々の匿名性である――

 といったところで松山巖『乱歩と東京』を思い出した。

 「D坂の殺人事件」の舞台背景は散歩という趣味と喫茶店文化、

 そして、都会に蝟集した地方出身者たちの希薄な人間関係である……

 といった辺り。

 ともあれ、没落貴族であるオーギュスト・デュパン

 圧倒的なリテラシーによって自らの読みを商品化し、

 生活の資本としたが、これは雑誌の世界に身を置き、

 文筆で身を立てたポー自身の姿と重なる。

 膨大な情報を読むことで報酬を得るデュパン、すなわち情報貴族は、

 編集者であるが故に豊富な引き出しを持ち、様々な素材を融合させて

 Chemical Combination(化学的結合の実践)を成し得たポー自身の

 写し絵である。

 世界初の推理小説は、

 ポーが雑誌文学者として当時流行していたジャンルを横断し、

 模倣・融合・再構成といった実験を行った結果生まれたものだった。

 

【伊集院氏の慧眼】

 作品を味読し、掘り下げる文学研究の営みは、作家へのリスペクトそのもの。

 

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