深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『ワインズバーグ、オハイオ』

今に始まったことではありませんが、

深夜にネットを徘徊していて目についた古書情報から、

あー、この作家の名前、聞いたことがあるような、ないような……

と思い、軽く調べた結果、買う羽目になった本。

シャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』。

 

ja.wikipedia.org

 

 

舞台は19世紀後半(推定)、

オハイオ州ワインズバーグ――架空の地名――に暮らす人々の悲喜こもごもが、

主に地元新聞の若き記者ジョージ・ウィラードの目線で描かれる

掌短編連作集。

地味だが奇妙な味わい深さがある。

 

いびつな者たちの書

 老作家の妄執。

 ウィング・ビドルボームという名の孤独な男と

 唯一親しく付き合っているジョージ・ウィラード。

 ウィングを悩ませているのは彼自身の手だった。

 かつてペンシルベニア州の学校の教諭だった彼は誣告され……。

紙の玉

 リーフィ医師と若死にした愛妻のこと。

 見た目の悪いリンゴの方が形の整ったものより味がいいこともある、

 という話。

 夫にも息子に対しても屈折した感情を抱き、

 古びて流行らなくなったホテルの経営に倦みつつ

 現状を変えることの出来ないジョージ・ウィラードの母について。

哲学者

 ほとんど診察しないパーシヴァル医師のこと。

誰も知らない

 ジョージ・ウィラードとルイーズ・トラニオンのぎこちない逢瀬。

狂信者――四部の物語

 南北戦争終結から二十年後、オハイオ州北部のベントリー農場での出来事。

 狂信的に神を愛す男と、自由を求めてそこから逃れようとする家族の物語。

イデアに溢れた人

 閃きに満ち、行動力のあるジョー・ウェリングの恋。

 物静かなセアラ・キングに惚れた彼が取った行動とは。

冒険

 職を求めて大都会へ出た初めての恋人ネッド・カリーを想い続ける

 アリス・ハインドマンは待ちくたびれ、

 自分の生活に変化が起きないことに虚しさを覚えて、

 ある晩、異様な行動を……。

品位(リスペクタビリティ)

 人間嫌いの電信技手ウォッシュ・ウィリアムズの過去。

 若かりし頃、彼は愛し合う女性と結婚して幸福に暮らしていたが裏切られ、

 しかも……。

考え込む人

 セス・リッチモンド青年に遠回しに干渉し続ける、子離れの出来ない母。

タンディ

 ワインズバーグに流れてきたよそ者の身の上話と教訓。

 5歳の女児はその人物の言わんとするところを理解し、自我に目覚める。

神の力

 カーティス・ハートマン牧師は、ある日偶然、隣家の窓を見て、

 住人の女性が寛ぐ姿を目撃し、激しく心を揺さぶられた。

 以来、平常心を保てなくなった彼は大きな過ちの代わりに

 ささやかな罪(器物損壊)を犯して事なきを得た。

教師

 母と二人暮らしのケイト・スウィフト教諭〔*〕の人となりと、

 彼女がかつての教え子ジョージ・ウィラードに

 恋愛に似た感情を抱いていること。

 〔*〕彼女が「神の力」の主人公ハートマン師に“見られている”人。

孤独

 画家を志してニューヨークへ行ったイーノック・ロビンソンは、

 あらゆる場面で自己表現が不得手だったため、疎外感を覚え、挫折を味わい、

 帰郷した。

目覚め

 帽子店に勤めるベル・カーペンターとバーテンダーエド・ハンドビーの

 恋の駆け引きに巻き込まれ(殴られ)るジョージ・ウィラード。

「変人」

 父と共にカウリー&サン商会を営むエルマー・カウリーは

 周囲から変人呼ばわりされることを怖れながら、

 他者とのコミュニケートが下手で、

 傍目には突拍子もなく映る行動を取ってばかりいた。

 ここでもとばっちりを受けて殴られるジョージ、憐れ(笑)。

語られなかった嘘

 農場で働く生真面目なレイ・ピアソンとトラブルの多いハル・ウィンターズ。

 ハルの相談に最善の回答をしようと考えていたレイだったが……。

飲酒

 シンシナティからワインズバーグにやって来たトム・フォスターのこと。
 彼は真面目な青年だったが……。

 ジョージ・ウィラードの母の死の間際のエピソード。

 秘められた心の通い合い。

見識

 憎からず想い合うジョージ・ウィラードとヘレン・ホワイトだったが、

 互いに無言のうちに

 肉欲より魂の結びつきらしきものを重視したかのように振る舞う。

 とはいえ、

 目の前にラブホテルがあったら話は違っていたかもしれない(笑)。

旅立ち

 自ら人生を切り開くため、ワインズバーグを離れるジョージ・ウィラード。

 

興味深いのは、人間関係が密な昔の田舎町を舞台にしながら、

本当は誰も共同体内の真実を知らない、

といったストーリーになっていること。

これは作者が利かせた黒いエスプリなのかもしれないし、

事件の背後に子に対する親の過干渉が潜むケースもあって、

ううむと唸らされた。

最も共感したのは「冒険」。

一時の奇行の後、我に返ったアリスは結局、

一人で生き、死んで行かねばならない事実を痛感する、という……。

 

言うなれば《町》が主役の物語を、また読み返したくなった。