深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『愛はさだめ、さだめは死』

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』読了。

 

 

今頃古い本を買ったのは、とり・みき大先生の『SF大将』のせいだった。

 

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有名な「接続された女」のパロディにバカウケして

元ネタを読みたくなったので収録本を購入した次第。

絶版ではないが若干入手難易度が高い……かもしれない。

 

1968年から1973年に発表され、

数々の名だたる賞にノミネートされて受賞を果たした作品も含まれる、

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

(=アリス・ブラッドリー・シェルドン)のSF短編集。

 

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以下、全12編についてつらつらと。

極力ネタバレを避けますが、

一部ぐにゅっとエッセンスが漏れ出るかもしれないことを

お断わりしておきます。

 

すべての種類のイエス(All the Kinds of Yes,1972)

 地球にやって来た両性具有の異星人と

 ワシントンDCのヒッピーの男女四人組の交流。

 四人=フィロミーナ、グレッグ、バーロウ、RT(リッキ・ティッキ)が

 何だかんだいってとても優しい。

 

楽園の乳(The milk of Paradise,1972)

 異星に取り残されて養育された後、地球に帰還した少年が、

 本来の居場所に馴染めず、かつての《楽園》に望郷の念を抱く――

 といったところか。

 だが、タイトルは少年を育んだ環境(と栄養)を指すと思われるけれども、

 英語としてはアヘンの比喩表現では?

 そう捉えると、全体的にグチャグチャした感じなのは

 ドラッグでバッドトリップしているからではないかという気がしてくる。

 主人公が、あるいは作者自身が。

 ちなみに、主人公が口ずさんだ(p.78)のは

 コールリッジ「クーブラ・カーン」(フビライ・ハン)の一節。

 

  Weave a circle round him thrice,    彼のまわりに三たび輪を織りあげ、
  And close your eyes with holy dread,  聖なる怖れもて目を閉じよ。
  For he on honey-dew hath fed,    すでに彼は甘露をくらい、
  And drunk the milk of Paradise.     楽園の乳を(飲んだのだ)

 

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そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした

 (And I Have Come upon This Place by Lost Ways,1972)

 叔父のコネでエリート集団に潜り込み、

 異星を探査するチームに入ったエヴァンだったが、

 能力や性格から引け目を感じるばかり。

 そんな彼が他の誰も気づいていない事象を発見し……。

 

エイン博士の最後の飛行(The Last Flight of Doctor Ain,1969)

 科学者エイン博士はモスクワでの会議に出席するため搭乗したが、

 恐ろしく遠回りなルートを選んだ上、行く先々で気分転換に勤しんだ。

 寄り添う病み衰えた美女の姿は、彼以外の誰にも見えなかった……。

 動機は環境破壊に傷つく地球を救うことだったのか。


アンバージャック(Amberjack,1972)

 タイトルは主人公の青年の名。

 但し、親の愛を感じられずに育ったダニエルが自称する名前で、

 ブリ属の魚の総称らしいが、何故このネーミングなのか――には、

 大した意味はないかもしれない。

 アンバージャックはやはり家庭環境に恵まれなかった女の子

 ルーと恋仲になったが、どちらも家族なんぞクソ食らえ!

 何が愛だコラァ!! と思っているからか、

 二人の間の感情・現象を「愛」と呼べずにいるものの、

 やることはしっかりやっていて、避妊にも気を遣っていた。

 だが……。

 

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乙女に映しておぼろげに(Through a Lass Darkly,1972)

 人生相談コラム《拝啓キャンディー》担当の新聞記者

 モルトビー・トロットの前に時空を超えて現れたギャル(笑)。

 未来のスラングを乱発する彼女と何故か話が通じてしまうおかしさ。

 しかし、これは窓際部署で無聊を託つ青年の願望が生み出した

 幻影だった可能性はないだろうか。

 未来語はアントニー・バージェス『時計じかけのオレンジ』(1962年)

 におけるナッドサットのノリか。

 

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接続された女(The Girl Who Was Plugged in,1973)

 資本主義だが広告は違法という管理社会において、

 企業はプロダクトプレイスメントの手法で製品をPR。

 その急先鋒となるべき空っぽの美少女アンドロイドに接続された

 醜い女の悲劇。

 

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 自殺を図ったが死に切れず救護され、大企業と契約したP.バークは

 脳を美しいデルフィに繋がれて二人羽織の中の人となる。

 デルフィの言葉や眼差しはP.バークのものなのだが、

 それを知らず彼女に恋した御曹司ポールは……。

 ※地の文が「饒舌で嘲笑的な第三者の語り」というのが

  残酷さに拍車を駆けている。

 ※※絶世のつぎはぎ美少女を駆動する脳の元の持ち主は

   人生に絶望した醜い女の子――という

   高階良子『地獄でメスがひかる』を連想。

   遠隔操作ではないけれど。

   しかも、なんと、この漫画の方が先発(1972年連載)だった!

 

 

 ※※※他にもリラダン未來のイヴ』(美女アンドロイド、ハダリー)や

    生身の人間だが過剰な美容整形によって外貌と精神に軋轢が生じる

    人気モデルを描いた岡崎京子『ヘルタースケルター』

    思い浮かべてしまった。

    ついでに楳図かずお『洗礼』も。

 

 

恐竜の鼻は夜ひらく(The Night-blooming Saurian,1970)

 老考古学者の昔語り。

 初期人類を探すべく、タンザニアのオルドヴァイ峡谷地方から

 タイムトラベルを敢行した学者一行。

 だが、助成金欲しさに権力者を欺くため、

 そこには存在しなかった別の時代から恐竜の死骸を運ぶ必要に迫られ……。

 

男たちの知らない女(The Women Men Don't See,1973)

 ドン・フェントンはメキシコのコスメル空港でチャーター機に乗り、

 ベリーズの釣り場へ行こうとして同乗者と共に不時着の憂き目に遭った。

 彼はパイロットと他の客――パースンズ母娘――と

 協力して危地を脱しようとしたが……。

 想定外の事態にもかかわらずミセス&ミス・パースンズが

 女のくせに取り乱さず、前向きに状況を打開しようとする姿に鼻白む、

 言わば女性を小馬鹿にしている風であり、

 同時に性的な眼差しを向け続けるドンの一人称で語られる奇譚。

 奇天烈なオチだが、

 何故かUFO目撃情報が多いとされるメキシコが舞台なので、

 妙な説得力がある(笑)。


断層(Fault,1968)

 地球人と友好的関係にある異星人・ショダール人は

 ピンクとグリーンが斑になった巨大な海老に似た姿で、

 髭を巧みに操って地球人の顔を撫で回すことで意志の疎通を図る。

 あるときミッチェルは相手を負傷させてしまい、裁判に。

 彼に課せられた罰とは……。

 エビ型エイリアンに何故、時空を捻じ曲げる能力があるのか、

 説明は特になし。


愛はさだめ、さだめは死(Love Is the Plan the Plan Is Death,1973)

 ある世界の昆虫様生命体(♂)の一生。

 モッガディートと自称する個体の、愛と死を巡る狂おしい心情吐露。

 愛は本能のなせる業であり、本能は死を目指す。

 

最後の午後に(On the Last Afternoon,1972)

 人類が築いたコロニーは誕生から三十年が経ち、

 そこで生まれた子供たちも立派に成長していたが、

 海から怪物が上陸してきて――。

 主人公ミューシャらが暮らすコミュニティがあるのは

 グロテスクな巨大生物が繁殖のために交尾する場所だった。

 ミューシャはテレパス能力のある胞子型生物ノイオンとコミュニケートし、

 自分の命と引き換えにしても家族や仲間たちを救いたいと訴える。

 しかし、思考の流れに我欲が混じった瞬間……。

 但し、ミューシャの妻ベセルは

 ノイオンに知性があって自分たちの手助けをしてくれるという

 夫の言を信じていない。

 曰く「あれは自分の心理の投射よ」「あなたの心の一部」(p.405)。

 主人公は絶望的な状況下でデウス・エクス・マキナを求めて

 自身の内なるもう一人の自分と対話していたのかもしれない。

 

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奇想に満ちた過激な物語は時代を経ても古びず色褪せない……と思うのだが、

それと好き嫌いの問題は別、ということで。

一読者としては、刺激的で意外性に満ちていて面白いけれども、

筆致が苦手なケースが多々。

とはいえ、環境に適応するのが困難で悩みを抱える人物が、

そこから脱するには畢竟、孤独を友とするしかなく、

究極的には死によって安息がもたらされるのみ――

と言いたげな印象を与える作品群中、新天地を求めて冒険しようとする

聡明な母と娘を描いた「男たちの知らない女」には喝采を送りたくなった。