遅蒔きながらJ・G・バラード『クラッシュ』読了。
SFではないがSF文庫。
テレビCMプロデューのジェイムズ・バラード(!)40歳は、
六月の夕暮れ、雨上がりの高速道路を走行中、車をスリップさせ、
対向車と正面衝突。
相手側は女医とその夫で、夫が死亡したと知らされた。
結婚から一年で早くも倦怠期に入り、
互いに外で恋人と情事を愉しんでいた
ジェイムズと妻キャサリンは、この事故をきっかけに
自動車そのものと運転することと、また、
それに付随する事故への不安・恐怖から性的興奮を得るようになったが、
かつてジェイムズが関わった番組の出演者だった
ロバート・ヴォーンに付きまとわれ始めた。
果たして、ロバートの目的は――。
というのがアウトラインだが、作品冒頭で結末が開示され、
いかにしてそこへ至ったかが語られる構成の小説。
下衆で汚らしいエピソードを、
あたかも高尚な事象であるかのように綴った、
作者と同名の人物が主人公のフィクション。
原著は1973年。
まだエアバッグもシートベルト着用義務も一般化していなかった頃か。
先行する『残虐行為展覧会』収録短編「衝突!」(Crash!,1969)【*】の
遙かにネチッコい拡張版といった趣き。
【*】
自動車事故の衝撃が性欲亢進、及び、
そこから導き出される家庭の円満さと結び付いていることが立証された
――と言わんばかりの“トンデモ”テクスト。
スピードに身を委ね、危険を感じると興奮するというのは
理解できなくもないが、
と言われても……なぁ(笑)。
現代ならさしづめ「Siri」だの「アレクサ」だの「OK,Google」だの……
って、おいヤメロ(笑)!
ともあれ、どうやら私はこの小説に関する情報を小耳に挟んだ結果、
好みに合わないと思って長年バラード作品を避けてきたらしい。
(実際に読んでみると、モノによって好悪が分かれるのだった)
『クラッシュ』において、作者は主人公に自分の名前を与えたが、
それは、内容はまったくの作りごとであっても、
心情的には他人事ではなかったからこそ――といったことが
解説に書かれていた。
当時、仕事と子育てに邁進していた、よき作家であり父親だった人物は、
自身の内面を覆う得体の知れない欲望を外在化しようとしたのだろうか。
だとすると、主人公とその妻をストーキングする
自滅願望に取り憑かれた変態野郎(笑)とは、
ウィリアム・ウィルソンのような存在だったのか。
格調高いポルノグラフィというと、
ジョルジュ・バタイユの名が思い浮かぶのだが、
生から死へ、破滅に向かって加速するスピードの物語としては
知名度が低いけれども
モーリス・ポンス『マドモワゼルB(ベー)』を連想した。
画像はありませんだって、失礼しちゃうわ(2021年12月現在)。