深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『去勢』

イギリスの作家・評論家、

キングズリー・エイミス(Kingsley Amis)の改変世界SF小説

『去勢』を読了。

著者名は日本語の表記のブレによっていくつかのカタカナ表記があるが、

本書ではキングズリイ・エイミス

1976年発表、原題は Alteration(変更,改変の意)。

 

舞台は1976年の英国――

但し、スペイン継承戦争(1701-1703)で勝利したのが教皇側だった世界の。

カトリック教会の支配下にあり、科学がタブーとされる英国の修道院で、

10歳の聖歌隊員ヒューバート・アンビルの

類稀な美声に惚れ込んだ神父たちによって、

ボーイ・ソプラノを維持させるため、彼を去勢する計画が進められていた。

純真なヒューバートは自らの務めを全うする日々を送っていたが、

性の目覚めを意識し、

普通の男としての生活をまったく送らないまま機能を失うことに

不安を覚え始める……。

 

カストラートの話で思い出すのは

ドミニック・フェルナンデス『ポルポリーノ』(要再読)だなぁ……。

 

話を戻すと、『去勢』は

素直で聡明な少年を取り巻く大人たちの様々な思惑が醜い、ディストピア小説

まともなのはヒューバートの逃亡に手を貸す

ニュー・イングランド(≒アメリカ)大使バンデンハーグ夫妻くらいか。

バッドエンドなのにハッピーエンド風に偽装されているところも、

かなり胸糞悪い。

友情と初恋の証しである二本の十字架のネックレスだけが心の支え、か……。

 

ところで、本文中に改変世界SFの先行作、P.K.ディック『高い城の男』(1962年)、

 

キース・ロバーツ『パヴァーヌ』(1968年)への言及あり。

後者は旅立つヒューバートにルームメイトのトマスが贐に贈る本として登場。

但し、タイトルは『ギャリアード(galliard)』(p.216)。

Wikipediaによればガイヤルド(【仏】gaillarde)とは

緩やかな踏み踊りのパヴァーヌとしばしば組み合わされた

テンポの速い跳ね踊りの由。

エイミスは現実とは違う歴史を描いた本作の中では

ロバーツの作品タイトルも異なっていたかもしれないと考えたか。

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)