英国最初期の推理小説群から、
その形式が洗練されていく過程を浮かび上がらせようというアンソロジー
全収録作について基本的にネタバレなしでザックリと。
- ■チャールズ・ディケンズ『バーナビー・ラッジ』
- ■ウォーターズ「有罪か無罪か」
- ■ヘンリー・ウッド夫人「七番の謎」
- ■ウィルキー・コリンズ「誰がゼビディーを殺したか」
- ■キャサリン・ルイーザ・パーキス「引き抜かれた短剣」
- ■G.K.チェスタトン「イズリアル・ガウの名誉」
- ■トマス・バーク「オターモゥル氏の手」
- ■チャールズ・フィーリクス「ノッティング・ヒルの謎」
- まとめ(?)
■チャールズ・ディケンズ『バーナビー・ラッジ』
Barnaby Rudge(1841年)第一章[跋]
長編歴史小説の序盤。
1775年3月、ロンドン郊外の酒場兼宿屋メイポール亭に見慣れぬ客が現れ、
近くの屋敷の前で見かけた若い女性について訊ね、
メイポール亭の主人ジョン・ウィレットが、
それはジェフリー・ヘアデイル氏の姪だと答えると、
常連客の一人ソロモン・デイジーが地元では有名な22年前の事件について語った。
屋敷で殺人が起き、容疑者もまた遺体で発見されたのだ――と。
※当夜、異変を察した人物が感じた恐怖がありありと伝わってくる名調子。
□(付)エドガー・アラン・ポーによる書評
①1841年5月1日付『サタデイ・イヴニング・ポスト』にて、
ポオは『バーナビー・ラッジ』において、
読者の想像力に特に強く訴えかける部分を紹介しつつ、
事件の核心に触れている。(←ネタバレはいけませんて💧)
②1842年2月『グレアムズ・マガジン』でポオは『バーナビー・ラッジ』では
暴動事件の恐怖に主軸が置かれたことで
殺人事件にまつわる読者の推理の興を削いでしまった――と、
作者の“軽挙”を批判。(き、きびちい……)
■ウォーターズ「有罪か無罪か」
Guilty or Not Guilty(1849年)
作者不詳、但し
ウォーターズはウィリアム・ラッセルというジャーナリストの筆名であるとの
有力な説あり。
本作は作品集『ある警察官の回想』(1856年)収録。
初出は『チェインバーズ・エディンバラ・ジャーナル』1849年8月25日号。
スコットランド・ヤードの警察官である語り手〈私〉が捜査した事件について。
資産家バグジョー氏と家族の留守中、屋敷を預かっていた若いメイドが
賊に殺害され、金品が奪われた。
内情を知るバグジョー氏の甥ロバート・ブリストー氏に嫌疑がかかったが……。
■ヘンリー・ウッド夫人「七番の謎」
The Mystery at Number Seven,Johnny Ludlow Sixth Series(1899年)
1877年1月『アーゴシー』掲載。
連作短編集《ジョニー・ラドロー》シリーズの一つ。
ジョニーの回想記の体(てい)で、両親亡き後ジョニーと同居する継母と、
その再婚相手の郷士(スクワイヤ:squire)及び彼の連れ子トッドらが出くわした
事件が紹介される。
第一部:モンペリエ・バイ・シー
未亡人メアリー・ブレアから空き部屋を借りてくれる人はいないかとの手紙を
受け取った一同は、モンペリエ・バイ・シーなる町のシーボード・テラスという
テラスハウスへ向かった。
未亡人の部屋は六番で、彼女は隣の七番に住む家族の話をした。
親切なピーハーン一家だという。
但し、夫妻は息子エドマンドが借金を抱えたまま急に亡くなった失意の余り
転地し、七番は現在、二人の若いメイドが管理している由。
ジョニーは彼女ら、仲のよいマティルダ・ヴァレンタインと
ジェイン・クロスと顔見知りになったが……。
第二部:牛乳屋オゥエン
事件の一年二ヶ月後、ジョニーはロンドンでマティルダと再会したが、
彼女は見る影もなく窶れ果てていた。
現在の勤め先である老ミス・デヴィーン邸で、
他の使用人たちとの折り合いが悪いというのだが……。
何度も言うが、わしゃ、謎は好かんのだ。消化不良を患ってるような気がするからな」(p.112)
人間ってお互いを一人にしておくことができないのよ。それができるんなら、世の中もっと住みやすくなるんですけど」(p.126)
■ウィルキー・コリンズ「誰がゼビディーを殺したか」
Who Killed Zebedee?(1880年)
『スピリット・オブ・ザ・タイムズ』1880年12月25日号掲載、
単行本『小小説集(Little Novels,1887)』収録時「警察官と料理人」に改題……
って、それじゃあ出オチ!(笑)
死期を悟った男性が過去の過ちを告白し、
それを神父が書き取ったという体裁の小説。
語り手〈私〉は25歳のとき、ロンドン警察の一員として
ある殺人事件の捜査に当たった。
クロスチャペル夫人の下宿屋に投宿していたジョン・ゼビディー氏が
妻に殺害されたらしいというのだが、妻は夢遊病のような状態で
自覚のないまま夫を殺したかと思いはしたが、そんなことは信じたくないと言い、
また、凶器のナイフに「ジョン・ゼビディーへ」なる銘文が刻まれていたため、
警察はこれを手掛かりに真犯人を探すこととなった。
〈私〉は捜査の過程で下宿屋の料理人の女性プリシラ・サールビィと恋に落ち、
結婚の相談を始めたが……。
■キャサリン・ルイーザ・パーキス「引き抜かれた短剣」
Drawn Daggers(1893年)
『ラドゲイト・マンスリー』1893年6月号掲載。
ダイヤー氏の事務所に勤務する女性探偵
ラヴデイ・ブルックが活躍するシリーズの一つ。
不可解な手紙とネックレス紛失という、アントニー・ホーク邸に降りかかった
変事の謎を解くラヴデイ。
※とは言ったものの、こんなに内容が頭に入ってこないのもちょっと珍しい……。
■G.K.チェスタトン「イズリアル・ガウの名誉」
The Honour of Israel Gow(1911年)
ブラウン神父はスコットランドのグレンガイル城へ赴き、
素人探偵の友人フランボー及びクレイヴン警部と合流した。
二人はグレンガイル伯爵の生死を調査中だった。
狂気に満ちた家系の末裔である伯爵は失踪していたが、国外へ出た形跡はなく、
まだ城の中にいると思われ……。
「筋の通った話をしてください。でなけりゃ、異端審問の拷問道具を使いますよ」(p.258)
■トマス・バーク「オターモゥル氏の手」
The Hands of Mr. Ottermole(1929年)
中国系の老人クォン・リーを語り手とするシリーズの一つで、
切り裂きジャック事件に想を得たと思しい、
イースト・エンドでの連続殺人を扱った短編。
七名が絞殺された事件を追う若い新聞記者が真相に辿り着いたのだが……。
ミステリというより〈奇妙な味〉風。
ポオ「盗まれた手紙」のヴァリアントにも思える。
情け容赦のない敵が、危害を与えたいと思うほどある人物を嫌悪するとしよう。だが、殺したいとはほとんど思わないのである。なぜなら、そうすれば相手は苦しみを味わわなくなってしまうからだ。(p.277)
■チャールズ・フィーリクス「ノッティング・ヒルの謎」
The Notting Hill Mystery(1862年)
作者フィーリクスは弁護士・ジャーナリスト、
チャールズ・ウォレン・アダムズのペンネーム。
初出は1862~1863年の週刊誌『ワンス・ア・ウィーク』連載。
クレメンツ法学院・秘密調査事務所のラルフ・ヘンダソンが
某生命保険会社取締役に送った1858年1月17日付の書簡(という体裁の小説)。
ラ××男爵なる人物が妻を被保険者として契約した巨額の生命保険に関する調査。
男爵が『ゾウイスト』誌掲載の記事を読んで、ある計画を着想し、
実行したと思われることについて。
※メスメリズムを悪用して他者を操ろうとした人物の手口を、
複数の関係者の証言や記録を突き合わせて解明しようとする
調査員ラルフ・ヘンダソンの奮闘。
しかし、真相に辿り着いたようでいて結局「断言できることは何もない」
というところに落ち着いてしまう残念さ。
もう一つ気になったのは、
一卵性双生児であれば子供のうちに生き別れになったとしても、
大人になって再会したとき互いに相手を兄弟/姉妹と認識できるはずだと
思うのだが、違うのか……といった点。
まとめ(?)
あまりドキドキワクワクしなかった。
期待値が高過ぎたか。
唯一、トマス・バーク「オターモゥル氏の手」が楽しめる作品だったかな。