深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『狩場の悲劇』

ロシアの大・劇作家、アントン・チェーホフ(1860-1904)が残した

唯一の長編ミステリ小説『狩場の悲劇』(1884年)――

Драма На Охоте(The Hunting Ground Tragedy)読了。

 

ja.wikipedia.org

 

【注】

 少しでも核心に触れそうな指摘を行うと即ネタバレの恐れがあるので

 盛大にぼかしたいところですが、多分わかっちゃうと思うんだなぁ。

 というワケで、これから読む予定の方はスルーしてください。

 

1880年4月某日、新聞の編集者である〈わたし〉に訪問者が。

紳士は小説の原稿を持ち込みに来たのだった。

〈わたし〉は気乗りがせず、それを二ヶ月も放置していたが、

別荘へ向かう際に持ち出し、列車内で読んでみた。

実際の事件を元に綴られたという『狩場の悲劇』なる小説の内容とは――。

 

そこには予審判事と友人である伯爵を中心に、

彼らを取り巻く人々の怠惰な日常が綴られていた。

二人は森番の若く美しい娘オーレリアを見初めたものの、

彼女が伴侶に選んだのは伯爵に仕える執事だった。

しかし、じきに嫌気が差したと言い出し、

彼女は予審判事と伯爵、双方に気のある素振りを見せ始めた。

そして、一同が狩りに出かけた先で彼女は凶刃に倒れ……。

 

恋と嫉妬は人間を不公平な、薄情な、人間嫌いなものにしちまうからね……

(p.72)

 

鼻持ちならない嫌なヤツなんです、予審判事。

で、事件が起こるまでのお膳立てが長い、長い(笑)。

それでいて、いざ人が亡くなると、検案書の内容が異様に細密。

そこはやはり、作者がドクターだったからなのかなぁ、と。

 

さて。

推理小説ではないけれども、加害者の屈折した心持ちを描いた

E.A.ポオ「黒猫」は1843年発表。

人間の内部には悪の原理があるという〈天邪鬼の心理〉を取り上げた、

言わばフロイト理論の先取り。

 

fukagawa-natsumi.hatenablog.com

 

『狩場の悲劇』において、原稿執筆者が隠し続けるべき事柄を、

わざわざ自分で暴露してしまったのも、

秘密を保持して完全な悪人になり切ることが出来ない人間の弱さ故か――

と言いたいところだったが、否、

このキャラクターには「黒猫」の主人公ほどの〈本来は真人間〉らしさが

感じられない。

むしろ、自分ほど賢い者はいない……と天狗になり過ぎた

近代インテリゲンチャの不気味な戯画だったのかもしれない。

 

しかし、秘密と生きた血とは、一つ身体の中には同居できないものですよ。

(p.339)

 

オチにも執筆者の底意地悪さが滲み出ていて、

こいつサイコパスやんけ( ゚Д゚)💫と、つい声に出してしまったのだった。

 

とはいえ、枠物語の外枠、

編集者〈わたし〉と訪問者の丁々発止のやり取りが

舞台劇の趣きを呈すところで「なるほどチェーホフ」と唸らされた。

 

解説によれば、昔、映画化されていたとか。

あ、これか。

 

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気になる。

いつか観てみたい。

 

ところで、脱線するけれど、チェーホフと言えば

『三人姉妹』の舞台は鑑賞したことがあるのです。

 

ja.wikipedia.org

 

↑ 今、これに目を通してギョエェェーッ!

キャストが全員男性のオペラ版……み、観てみたい……。