深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『みすてりい』『のすたるじあ』

探偵小説・大衆小説作家にして詩人であった城昌幸の怪奇幻想掌編集

『みすてりい』『のすたるじあ』を読了。

ネタバレを避けつつ、ふわっと全編についてメモをば。

 

 

 

みすてりい

Ⅰ みすてりい

艶隠者

Z・Z氏殺害事件の真相を知るには、まず彼の風変りな住居を見出さねばならない。

その夜

高級ホテルの一室で恋人と共に過ごす〈私〉の前に闖入者。

時代がかった口調で話しかけて来た彼は

どうやらマァカス・オオレリアスらしかったが……。

ママゴト

語り手は、たまたま古風な趣の門前町に足を踏み入れ、

何故か違和感に囚われたのだが、後日、酒屋の御用聞きから真相を聞かされた。

語り手は「普通の人間の日々の営みを一種の愛玩物と見なす」富豪の心性に

物悲しさを覚えた。

古い長持

結婚以来、決して開けてはならないと言われてきた中二階の長持。

四十年経っても夫の言葉は変わらず、

妻は夫がそこに秘密を隠しているのだろうと思い、嫉妬を覚え、

遂に勝手に蓋を持ち上げてみた。

すると……。

※長持に入った幼い姫が一年間失踪状態となった、という

 杉浦日向子『百物語』其ノ二十二「長持の中の話」を思い出した。

根の無い話

根が枯れて地面を離れても蔓が伸びて天まで届いた朝顔

波の音

東京から遠く離れた漁村へ出かけた〈私〉は、

宿の仏壇に亡妻の写真が飾られているのを見て仰天。

宿を切り盛りする老婆はそれを亡くなった姪だというのだが……。

※最後に「多分こういう事情だったのでは」との解答が示されるが、

 かつて妻がよく「波の音がする」と幻聴を訴えていたことを思い合わせると、

 妻にとってのもう一つの心の居場所を

 彼女の死後、自分も訪れたことになったと考えざるを得ないと、

 うすら寒さを覚える〈私〉なのだった。

猟銃

既婚・子供あり、にもかかわらず変に潔癖で、

幸福そうな若い未婚カップルに憤りを覚える中年男が猟銃を構えた――。

その家

外交員の男は訪ねた屋敷で取り次ぎの女に座敷へ通されたものの、

四十分も待たされ、焦燥を覚えた。

※都市伝説風怪談。

道化役

〈わたし〉の切ないクリスマスの思い出。

大島弓子の短編漫画のようだ……。

スタイリスト

自殺した友人R・R氏の墓参りにやって来た〈わたし〉。

墓石がなく、墓参者が休息するための石造のベンチがあるという風変わりな墓には

先客がいて……。

万事においてスタイリッシュであることを極めた亡友のロマンティストぶりに

舌を巻く〈わたし〉なのだった。

幻想唐艸

「第一 劫」「第二 曠野」から成る奇怪なイメージ群。

絶壁

一枚岩の大絶壁の上に座す巨人は下から登って来る人の群れを眺めている……。

花結び

新婚8ヶ月で突如姿を消した年少の愛妻ミサエを想い続ける孝作は、

彼女が少女期までを過ごしたという京都を訪ねた。

猟奇商人

夜の銀座で〈私〉に話しかけて来た男は、

「退屈そうですね」「刺戟と云ったものを求めていらっしゃる」のでは……

と誘いかける。

男は〈私〉にサービス料を要求し、

「初めて経験する刺戟」を味わわせてやろうと言うのだったが――。

白い糸杉

可憐な恋人と過ごす幸福を失いたくない気持ちが嵩じて異常な行動を取る男。

殺人婬楽

歌劇歌手ドロシイ・バノーア殺害事件の一部始終。

紳士然とした犯人は犯行直後、舞台監督と照明係に向かって滔々と犯行の動機、

自身の美学を語った。

その暴風雨[あらし]

嵐に見舞われた客船で奮闘するスタッフに

憂い顔の客が「この船は沈みませんでしょうか」と問いかけ……。

怪奇製造人

古書好きの〈私〉は夕方、馴染みの店で日記帳を見つけ、購入。

そこには夢に魘される持ち主の心情が綴られていたが……。

江戸川乱歩人間椅子」(1925年『苦楽』10月号)風の落とし咄だが、

 こちらの方が先発(『新青年』1925年9月号)らしい。

都会の神秘

都会のビルの屋上で食後の煙草をふかしつつ、

近頃知遇を得た〈P-b-氏〉が〈私〉に向かって滔々と語る。

ここから見えるビルの一室で今しも殺人が起きてはいまいか……と。

夜の街

深夜の街での怪事、二題。

死人の手紙

〈私〉=相川はF喫茶店を事務所代わりにしていたが、

届いた手紙を無造作に開封して、同姓の相川氏宛てのものに目を通してしまった。

差出人である役人の秋山氏は海外へ赴任し、

遠くから相川氏の結婚を寿いでいるのだった。

好奇心といたずら心に駆動された〈私〉は

新婚の相川氏に成り代わって秋山氏と文通することにしたのだが……。

模型

無為徒食の原田保氏の趣味は

空想の中で理想の家・生活のイメージを膨らませることだった。

あるとき伯父の遺産が転がり込み、彼は夢を現実化しようと考えたが……。

※何となく渡辺金蔵氏の二笑亭や、つげ義春「退屈な部屋」を連想した。

老衰

銀座を闊歩するダンディな老紳士は、いつも若い美女を伴っていた――。

人花

〈私〉の古馴染み=フロウリスト(花作り)の話。

彼は一世一代の作出に成功し、奇怪な手紙を寄越した――。

※初出一覧・編集後記に曰く、

 江戸川乱歩によってジョン・コリア「緑の心(Green Thoughts)」との類似が

 指摘されている由。

不思議

いかなる名探偵も敵わない明晰な頭脳の持ち主である〈奴〉を追って

高層ビルの最上階へ向かった〈彼〉の話。

ヂャマイカ氏の実験

終電の頃、駅のホームで空中遊行を披露した童顔の紳士ヂャマイカ氏。

〈私〉は彼の家に押し掛け、教えを請うつもりだったが……。

不可知論

〈ゼット氏〉が語る、ロボット(人工知能?)、守護霊、輪廻転生のこと。

中有の世界

男女の会話劇。

三十代半ばの大学助教授と、過去の交際相手だった声楽家の女が亡くなり、

次の生を享けるまでの間、人の生死について語らう。

Ⅱ 補遺・その他の短篇

根の無い話 B・C

B:絶食したが死なない話。

C:外套を着た老人のいる古い洋館に入って行くと……。

幻想唐艸

Ⅰにおける「幻想唐艸」(「第一 劫」「第二 曠野」)の続き、

「第三 思い出」:オフシーズンのホテルでの切ない怪事。

脱走人に絡る話

秘密結社に離反して逃げ出した者、彼らを追う者……。

仮面舞踏会

仮面舞踏会で踊り狂う参加者。

だが、華やかな空気に混じった不穏な気配を察知した者たちは「何かが変だ」と

囁き交わし……。

※「脱走人に絡る話」補遺。

譚[ものがたり]

人形劇、映画、記憶を巡る、少し滑稽で物悲しい、小体で不思議な三話。

五月闇

園池男爵家の御曹司・安彦はフランス留学から帰朝する際、

奇妙なパートナーを伴っていた。

後に惨劇が起こるとも知らず……。

たぶれっと

遠い異郷の騒乱の、絢爛で頽廃的な叙景。

澁澤龍彦「陽物神譚」を連想した。

 

のすたるじあ

Ⅰ のすたるじあ

大いなる者の戯れ

奇妙な明るさの中、どこへとも知れず歩き続ける人々――。

ユラリゥム

ポオの散文詩 "Eulalie"(ユーラリー,1845年)のノベライズにしてパスティーシュ

ラビリンス

一 勝利:死の床(とこ)に横たわる女との対話。

 ※夏目漱石夢十夜』第一夜を思わせる雰囲気だが、オチはショッキング。

二 夜路:夜道を歩いていると、いつの間にか同行者が……。

 ※グリム童話「奇妙なおよばれ」のようでもあり、

  夏目漱石夢十夜』第三夜及びその影響下にあったと思われる

  内田百閒「道連」のようでもある。

三 その貌:不条理な夢の話。

まぼろし

その一 二人連れの子供たちと行き会う話。

その二 提灯の怪。

その三 知り合いの角次郎と共に歩き出したが……。

A Fable

タイトルは寓話の意。

久しぶりにやって来た〈りょうしん〉と言い合いになり、相手が帰った後、

自分の態度を反省するものの……。

光彩ある絶望

19XX年の早春、天津のナイトクラブで忘れ物をした中年の西洋人。

〈私〉は彼が置き去りにした分厚い日記帳めいたノートを広げてみた。

曰く「此の手記は、その何人たるを問わず、

   最初に手にせる者の所有に帰す可き物なり」。

このノートの所有者には莫大な恩恵と引き換えに死がもたらされること、また、

死ぬ前に次の所有者を探さねばならぬことなどが記されていた。

燭涙

一月末、北風が激しく吹く日、ひっそりと佇む一軒家での事件。

エルドラドオ

銀座の酒場《ミサ》に勤める〈ゆり〉が故郷の話をする。

半年後、品川駅で偶然ゆりと遭遇した語り手は彼女を連れて逗子へ。

海を見て感傷的になる〈ゆり〉。

それから二週間後、語り手が《ミサ》へ行くと……。

美しい復讐

看護師の和子は別れた元医師の代助を手紙で脅迫。

医者に匙を投げられた余命幾許もない身で、

かつて彼の許から盗んだダイヤを返してやるというのだが、

それを呑み込んで服毒自殺するので、メスで腹を切り裂いて取り出すがいい――と。

復活の霊液

錬金術師センジボギウス先生が悪魔と契約して手に入れた《復活の霊液》。

それを死後間もない人間の身体に塗布すると、

その人は若さを回復して蘇るというのだが……。

※解説によると、センジボギウス先生のモデルはポーランド出身の高名な錬金術

 ミカエル・センディヴォギウス(1566-1636)とか。

斬るということ

江戸の武士による辻斬りにまつわる実話(伝聞)エピソード。

深刻な動機に拠らない刀の試し斬り、行き当たりばったりの殺人とは恐ろしい。

解説によれば、五つの逸話のうち四つは篠田鉱造『幕末百話(1905/1929)』に

材を取っているという。

では、最後のエピソードは作者の創作なのか?

蒸発

難波屋の番頭・彦兵衛は建仁寺の土塀際で、

神隠しに遭ったと言われていた若旦那・嘉兵衛に出くわした。

一緒に帰りましょうと言う彦兵衛に、嘉兵衛は帰らぬと答え、

それまでの経緯を語った……。

哀れ

〈私〉=〈しイさん〉はパーティで深酒をした後、

誰かに「夏代が死にそうだって」と聞かされたのを思い出した。

心当たりを辿り、夏代が借りていた部屋へ辿り着いた〈私〉は思い出を振り返って

しんみりする。

芸者だった夏代とは結婚する気でいたものの、落籍させるだけの金はなく、

彼女が他の男の妻になる前にしばらく同棲するのが精一杯だった。

しかも戦争があって離れ離れになり、彼女の消息は不明に。

〈私〉は家主に頼まれて、夏代の遺品を彼女の伯母の家に届けた。

そこで彼女が先月、6月16日、

つまり例のパーティがあった日に亡くなったと聞かされる。

預かった荷物の中身は二人が一緒に過ごした頃の芝居や映画の半券とプログラム、

買い物をした際の領収証などだった――。

※別れた女が死の間際まで自分を想っていたらしいと知る男の話には大抵、

 ある種の不快感を覚えるのが常だが、文体のせいか、不思議と嫌な印象を持たない。

郷愁

瀬戸内海を訪れた〈私〉は、ふと気が向いて予定外の島で船を降り、

タバコを買うと、

隣にいたらしい三十代ほどの女性に「おかえんなさい」と声をかけられた。

知り合いでもなし……と面食らったものの、

まるで仕事から帰った彼女の夫であるかのように食事をし、眠った。

朝は弁当を持たせてくれた。

一日観光して彼女のところへ戻り、その夜も明けてから、

〈私〉はプロポーズを決意したが……。

 

Ⅱ その他の短篇

今様百物語

蚊帳の内に女はいたのか、どうか/アパートの大家の娘/月夜の山道を歩く四人

シャンプオオル氏事件の顚末

南洋の多島海を旅した〈私〉が出会ったシャンプオオル氏が語った奇怪な体験。

彼は同じホテルに宿泊する痩せた青白い女性を恐れていた。

行く先々で出くわし、

しかも彼女が妙に親しげな調子で話しかけてくるのが不気味だ……と。

東方見聞

友人が語った奇怪な旅の思い出。

アレクサンドリアでフランス人貿易商ブルージュ氏と共に

当地の舞台を見物したというのだが……。

神ぞ知食[しろしめ]す

黄昏時の喫茶店

憔悴した様子で落ち着きのない男が入って来て

酒を注文すると〈私〉に話しかけてきた。

一曲歌わせてくれないか、と。

死人に口なし

ホテルのサロンで一服する〈私〉の許へ痩せこけた旧友Sがやって来る。

憔悴ぶりを心配する〈私〉にSが語ったことは――。

Sと弟妹は幼い頃両親と死別し、伯父(父の兄)に引き取られたが、

伯父は裕福なのをいいことに働かず、怠惰な暮らしを送っていた。

そんな伯父が昨秋、生活態度を改めたので、どうしたかと思えば、

余命幾許もないとわかったので準備に入るのだという。

だが、伯父はいわゆる「早すぎた埋葬」を恐れており、仮死状態で納棺され、

蘇生した場合に備えて、

電話線を敷設して連絡を取れるようにしておきたいと言ったのだった。

アンリ・トロワイヤ「むじな」にも同様の着想、

 但し「死人に口なし」の方が先発と思われる(トロワイヤは1911年生まれ)。

 《世界テレフォニック・カンパニー》に勤めていたサリヴェという男が

 「早すぎた埋葬」を恐れる老バザイユ夫人の依頼で、

 納骨堂と息子の寝室の間に電話線を設置。

 亡母から電話があったと言って錯乱する息子。

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吸血鬼

〈私〉は銀座の喫茶店で七年ぶりにフランスから戻った画家・中西氏の話を聞いた。

中西氏は友人の佐分利氏と共にエジプトを旅し、

ナイル川を小舟で巡業する門付の一座に出くわし、

アラブ系美女の歌い手に魅せられて舟に乗り、しばし遊覧を楽しんだのだが、

ホテルに戻った佐分利氏の様子がおかしくなったという――。

書狂

神童の誉れ高く、本に埋もれて暮らしていた〈彼〉が恋を知った結果――。

※漢文調の堅苦しい文章と内容のギャップがおかしい。

他の一人

二人の人間に分裂してしまった和田宗吉の話。

面白い話

暇を持て余し、銀座のビルの地下にあるバーへ足を運ぶ二人組。

マスターは「佐田さんがお二人によろしくとおっしゃって……」云々、しかし、

彼らは佐田氏なる人物を知らない。

佐田氏というのは、マスターが語るには――。

三行広告

茶店経営を目論む男Fが新聞の三行広告を見、

ちょうどよさそうな物件の下見に出かけたのだが……。

間接殺人

深夜、銀座で酔っ払い、金を遣い果たした〈私〉は

知人Kの事務所に侵入して夜を明かそうと考える。

そこへ間違い電話がかかって来て……。

うら表

雨宮貝介氏の奇妙な話。

知人を訪ねて向かった武蔵野で小ぎれいな家に興味を持って近寄った雨宮氏は

表札を見て仰天した――。

憂愁の人

女優・掘河みや子は引退し、

世話になった映画監督の紹介で出会った比良祐介と結婚した。

夫は裕福だが、これと言って何もしない人物だった。

ただ、金持ちのある種の道楽に現(うつつ)を抜かすばかりだった。

だが、ある頃から彼は塞ぎ込みがちになり、

暇潰しの遊びにも興味を失ったらしかった。

戦時中のこととて屋敷が焼夷弾を落とされて焼失した後、

夫婦は別荘に移ったのだが、ある晩、変事が……。

夢見る

見たところ五十過ぎの、貧相だがどこか気品を感じさせる男性に

煙草の火を借りた〈わたくし〉は、「夢を愛されますか?」と訊ねられた。

引き続き「夢を買わないか」と問われた〈わたくし〉は

彼について郊外の坂の上の家へ――。

怪談京土産

16歳の舞妓・一栄(いちえい)に惹かれた語り手だったが、

彼女が金銭的な援助を求めて来た際は戦争と金欠で応じられなかった。

終戦後、ようやく祇園を再訪したときはもう彼女は引退した後だった。

ガッカリして深酒をした語り手は建仁寺の土塀沿いの道で一栄に遭遇した。

お茶屋へ戻ろうと誘う語り手に、

相手は「今夜はもう大変に遅いから明日会ってくれ」。

しかし、翌日、宿に電報が届いて急ぎ帰京せねばならなくなり、

年明けまで京都を訪れることは出来なかった。

行ってみて、一栄は昨年語り手が祇園を訪問した前月に亡くなっていたと聞かされる。

語り手は一栄が幽霊になって会いに来てくれたのかと感激したが……。

※段落分けがなく一息に語られる切ない怪談。

※※解説によると、作者の実体験に基づく話とか。

白夢

酒場の音楽が「ラ・パロマ」になったとき、あき子は郷愁に駆られつつ、

ある出来事を思い出して語った。

かつて歌手だった彼女は静岡の掛川へ演奏旅行に出向き、

小さな店でタバコを買おうとしたところ、不思議な体験をした。

盲目の老婆が自分の声を聴き分けたのか「あきちゃんだね」と呼びかけて来た上、

ラ・パロマ」を見事に歌ったのだった――。

2+2=0

突然、美しい魔王が現れ、「願いを二つ叶えてやろう」と言う……。

はかなさ

二つの方向から中央を目指して進んでいく二者はどうしても出会えず、

すれ違ってしまうのだった。

 

ああ、お腹いっぱい(いい意味で)。

なるほど、そういうことか……と思わせておいて、もうひと捻り、

といったお話が多くて楽しめました。

 

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