編者解説に曰く(p.350)
> ミステリが探偵小説と呼ばれていた時代(大正期から昭和二十年代まで)
> に活躍した作家の作品を対象にした
> 光文社文庫の新シリーズ《探偵くらぶ》第二弾
芥川龍之介短編集『黒衣聖母』を読了。
推理、あるいは怪奇幻想要素の濃い短編を集めた一冊。
■ 開化の殺人(1918年『中央公論』)
美しい従妹を愛した医師の狂おしい胸の内。
金のために望まぬ相手に嫁がされた彼女を救おうとしたが……。
■ 開化の良人(1919年『中外』)
年老いて尚、気品を失わない本多子爵が知人に語った話。
友人・三浦直記の妻を巡る奇怪な人間関係について。
文明開化期の“進んだ”人と、その行状に呆れる人の物語。
子爵は「開化の殺人」に登場した「閣下」の晩年の姿と思われるが、
先方においては仮名扱いになっている。
■ 黒衣聖母(1920年『文章倶楽部』)
黒檀を刻んで作られた妖美なマリア観音像にまつわる因縁話。
■ 影(1920年『改造』)
実業家・陳彩は若妻・房子の不貞を疑い、
探偵事務所に調査を依頼していたが……。
陸軍一等主計・牧野の愛人お蓮は小ぢんまりした家を宛がわれ、
通いの老家政婦と共にひっそり過ごしていた。
お蓮は生き別れたかつての恋人との再会を願っていたが……。
■ 春の夜(1926年『文藝春秋』)
看護師Nさんの世話になった「僕」が彼女から聞いた話。
Nさんが野田という家に派遣された折の奇妙なエピソード。
■ 三右衛門の罪(1924年『改造』)
文政四年、加賀。
細井三右衛門は夜半、自分に襲いかかって来た相手を返り討ちにし、
宰相・治修の詮議を受けた――。
武士の矜持を巡る短い物語。
■ 煙草と悪魔(1916年『新思潮』)
天文十八年、
フランシスコ・ザビエルの随伴者に化けてやって来た悪魔が
日本にもたらしたタバコについて。
🚬\( ˘ω˘ ) .。oO(なるほど、やはり悪魔の所業であったか)
■ 西郷隆盛(1918年『新小説』)
史学科の学生だった本間さんが京都から戻る際、
食堂車で出会った老紳士の話。
曰く、西郷隆盛は生きている――。
※老紳士のとぼけたキャラクターのせいか、
何となく内田百閒っぽい雰囲気を感じた。
列車での出会いの物語でもあることだし。
■ 未定稿(1920年『新小説』)
明治12~13年頃、
《朝野新聞》に務める小泉青年が同僚の素人探偵・本多保氏の助手役に――
というミステリになるはずが未完。
■ 疑惑(1919年『中央公論』)
語り手の「先生」の講演に通いつめ、
心酔したらしい中年男性・中村玄道が突然たずねて来て、
教えを乞いたいとて身の上話をした。
※ p.194にて、中村は妻の“肉体的欠陥”について述べているが、
内容は削除されている。
青空文庫(ちくま文庫『芥川龍之介全集3』1986年)においても同様。
■ 妖婆(1919年『中央公論』)
妖術使いの老婆と憑坐に利用される女性、
その恋人である若旦那と彼の親友。
信頼し合う若者たちが呪いを打ち破る物語。
若旦那・新造と親友の泰さんの電話での会話に割り込む老婆の声が怖ろしい。
■ 魔術(1920年『赤い鳥』)
インドからやって来た大魔術師ハッサン・カンの弟子、
バラモンの秘法を学んだ青年マテイラム・ミスラと知り合った語り手は、
彼の家を訪ね、魔術を教えてくれるよう請う。
一ヶ月後、語り手は友人たちに秘儀を披露したが……。
※谷崎潤一郎「ハッサン・カンの妖術」(1917年)に登場する
インドからの留学生の名がマティラム・ミスラで、
芥川がこれにインスパイアされて「魔術」を執筆したと目されている。
いずれの作中でもミスラの住まいは東京・大森にあるとされるが、
芥川描くミスラは元型よりもずっとスマートな佇まいに思える。
ともかくも、何度読んでもしみじみ面白い名作。
■ アグニの神(1921年『赤い鳥』)
「妖婆」のヴァリアントのような作品。
誘拐した少女を憑坐にしてアグニの神のお告げを聞く老婆。
■ 妙な話(1921年『現代』)
友人の村上が語り手「私」に零した妙な話。
村上の妹・千枝子は夫の海外赴任中、兄夫婦宅に身を寄せていたが、
見知らぬ赤帽(ポーター)に複数回、馴れ馴れしく話しかけられ、
夫の消息に触れることになったため、気味悪さから調子を崩してしまった由。
夫は無事、帰国したが、彼もまた出先で妙なポーターと対話しており……
という不気味な話に「おやおや」というオチがつく。
■ お富の貞操(1922年『改造』)
戦場となった地域の住民は立ち退きを余儀なくされた。
小間物屋の奉公人である若い女性お富は、
女将さんが可愛がっていた三毛猫が取り残されてしまったので
探しに戻って来た。
そのとき、店では新公と呼ばれる男が雨宿りをしており……。
■ 報恩記(1922年『中央公論』)
それぞれ宣教師や聖母像に向かって心中を吐露する。
一人は名うての盗賊、
もう一人はかつてその盗賊を助けたことがあった商人で、
今は破産の危機に直面、最後の一人は商人の息子。
恩返しと復讐のアラベスク。
■ 藪の中(1922年『新潮』)
舞台は平安時代の京都。
男性の遺体を巡って検非違使(京都の治安維持を担った役人)が
関係者と目撃者を取り調べ。
野盗が夫婦連れを騙して藪に誘い込み、
夫を縛って妻を強姦したことは確かだが、
夫がいかにして亡くなったかについて一同の話が悉く食い違う。
最後は巫女の口寄せで夫の亡霊に経緯を語らせるものの、
その言葉が事件の真実を表しているという保証はないのだった。