九年ほど前に古本を買って一度読んだ倉橋由美子短編集『悪い夏』を再読。
愛の陰画
学生運動に身を投じるぼくだったが、組織は内部崩壊の兆しを見せ、
婚約者とも互いの愛情を信じられなくなりつつあった。
ぼくは二卵性双生児の姉(もしくは妹)Lにしか教えていないアパートに帰って
小説を書き始めたものの、父の遺産を食い潰すことに不安を覚えていた。
そんな中、ぼくは高校時代の先輩の妻である未果と出会い、不倫関係に……。
ぼくはベッドからおりてぼく自身のためのM・I・F式紅茶と未果のためのコーヒー――彼女は舌が黒くなるほど濃い、砂糖ぬきのコーヒーをからだにしみこませてやっと全身をめざめさせることができるというのだ――をいれた。(p.25)
M・I・F式紅茶とは、
milk in first つまりカップに紅茶より先にミルクを注ぐスタイルを指すらしい。
ともあれ、婚約者とも不倫相手とも心が通わず、学生運動にも挫折した青年の
真の理解者は二卵性双生児の姉(または妹)のみだった――という話。
蠍たち
C炭鑛社長だった亡父の遺産を頼りに暮らす20歳の二卵性双生児の姉弟LとKは、
未亡人となってから精神に変調を来たした母をおくさんもしくはばばあと呼んで
軽侮している。
Lは実業家S氏のもとでアルバイトを始めたが、
先方は彼女を愛人にしたがっている様子。
彼の息子QもLを気に入り、関係を迫ってくるものの、
Lは巧みに躱して危険を回避する。
LとKの家が所有するアパートに入居しようとやって来た女子学生ユカリをも
巻き込んで、S氏の手配で北海道で夏を過ごすことになった一同だったが……。
*尊属殺人事件の公判のための資料の一つ、被告人の口述という設定の小説。
外部の他者と関わることによって絆を深める運びとなったLとKの不道徳な物語。
タイトルはLによる彼女らの自称、周囲を害する毒虫の謂。
**女がLと呼ばれること、亡父の遺産を当てにして暮らしていること、
元・学生運動家であること等、二卵性双生児の設定は「愛の陰画」とほぼ同じ。
***いわゆる「恋愛小説」「恋愛至上主義的作風」を蔑視する作者の、
「あなた方が恋だの愛だのと呼んでいるのは所詮この程度の代物では?」
とでも言いたげな筆致がおぞましくも心地いい。
****実は作者が執筆に際して意識していたのは太宰治『斜陽』だったらしいとか、
和製『恐るべき子供たち』のような読後感だといった意見をネット上で発見。
なるほどと思いつつ、今回、
私の頭の中で本作は楳図かずお漫画調で展開されていった。
同時に、この雰囲気は岡崎京子の画風・テイストと好相性ではなかろうか……
という気もした。
パッション
おとなしく気の弱い会社員の青年が出来心で顧客の金を拐帯した。
それから彼は急に気が大きくなり……。
死んだ眼
学生運動に身を投じたわたしはデモの渦中で重傷を負い、入院。
以前、見合いをした若い医師Tや交際相手の学生Kが見舞いに訪れ、
ケガや今後のことについて話す。
彼らはわたしを気遣い、好意を示すが、わたしの心は冷え切っていて、
自分自身の問題さえ他人事のようにしか思えなくなっていた――。
*終盤に60年安保闘争と、
その渦中で亡くなったあの女子学生=樺美智子(かんば・みちこ)、
また当時の首相・岸信介への言及があり、
ある種の義憤が作者にこれを書かせたかと思われる。
夏の終り
夏、岬の別荘で19歳の誕生日を迎えたわたしは、
三つ年下で外見も内面も相似形を成すかのような妹と共に気儘に過ごしていた。
その海は母が死を迎えた場所でもあった。
姉妹は海辺のレストハウスで青年K――
わたしと同じ大学の別学部に在籍するらしい――と出会い、
彼をわたしたちの恋の共有物にしようと相談。
目論見どおり、彼が別荘に通って来るようになったが……。
犬と少年
小説家の女性L宅に集う少年たち。
Lの愛犬の散歩にも付き合う彼らは、ある日、ガールフレンドを伴って現れた。
Lは少女たちに、愛犬は見かけによらず凶暴だと忠告する……。
悪い夏
四十代になった小説家のLは体調不良を重病の兆しに違いないと訴えるも
医師に軽くあしらわれる。
気晴らしのため、普段はあまり好まない会合に足を運んだLは、
弱冠18歳の新進作家Mと出会って、
彼女の若さ・美貌・才能その他に強い関心を持ち、
恋愛感情のような嫉妬心のような気持ちに囚われて煩悶。
Lは都心から遠く離れた小島のリゾートホテルで夏を過ごすことにし、
執筆に集中すべく自らの心持ちをリセットしようと考えたのだが……。
*自意識過剰で選民意識の強い、
言ってみれば鼻持ちならぬ中年女性がプライドをズタズタにされつつ、
そのことに屈辱・絶望と共に、恍惚感を覚えてしまう、という話。
ついでに当・書籍を初めて読んだ際の印象・感想をブクログから貼っておきます。


