1930年代発表の、金田一耕助登場前の妖美な短編を集めた作品集。
古い版で二度ほど読んだが、引っ越し後のアクシデントにより、
また最新版を購入する羽目に(トホホ)。
なんと、前に手に取ったときの記憶はほとんど残っていず(←おいおい)
新鮮な感動を味わってしまった。
■ 鬼火
1935年『新青年』分載。
湖畔を散策していた「私」は廃屋となったアトリエを発見し、
そこにおぞましくも美しい描きかけの絵を見出す。
問題の絵にまつわる愛憎劇を聞いた――。
仲のいい兄弟の子供同士でありながら、
何故か反目し合う従兄弟の漆山万造と代助は奸智を以て相対していた。
長じていずれも世間に名を知られる画家となったが……。
宗匠の告白が切ない。
■ 蔵の中
1935年『新青年』掲載。
妻の死後、過去の交際相手と縒りを戻した文芸誌編集長・磯貝三四郎が、
持ち込まれた原稿を読んでいると、
そこには自分と愛人のやり取りを盗み見たかのような描写があり、
しかも……。
他人の行動を覗き見した上、
尾鰭を付けてフィクションとする書き手の悪趣味ぶり(笑)。
だが、それよりも当人のナルシシズム、
自らと自分によく似ていた姉しか愛せないという態度が異様であり、
同時に耽美的でもある。
映画は未見。
ちなみに、中井英夫は『月蝕領映画館』「12. 消えた映画館」にて
原作の美学を表現出来ていないと苦言を呈していた。
■ かいやぐら物語
1936年『新青年』掲載。
健康回復のため転地療養中の語り手「わたし」は
月夜の海辺で美しい女性に出会った。
彼女が語った若い男女の心中話。
江戸川乱歩「蟲」を上品にしたかのような趣き。
■ 貝殻館綺譚
1936年『改造』掲載。
芸術と怪奇趣味を愛好する富豪・貝殻貝三郎の海辺の屋敷に集う人々。
そこで諍いが起き、美絵は月代を殺害。
ひとまず遺体を隠したが、望遠鏡で様子を見ていた人物に気づき……。
「仮死状態と思われる者を蘇生させる試み」云々で
ディオダディ荘を連想した。
■ 蠟人(ろうじん)
1936年『新青年』掲載。
諏訪の芸者・珊瑚と草競馬の騎手・今朝治は互いに一目惚れし、
パトロンの山惣こと繭の仲買人・山田惣兵衛の目を盗んで
ささやかなデートを愉しんでいたが……。
タイトルはマネキンとしての蠟人形と「人間ではなくなった者」の
二つの意味を持つ。
珊瑚が本当に愛していたのは生身の人間の今朝治よりも、
彼女のイメージの中で理想化された彼を
実体化したかのような人形だったのでは――というナレーションが惨い。
■ 面影双紙
1933年『新青年』掲載。
語り手「私」が大学時代の友人R・O――竜吉――から数年前に聞いた話
という体裁の物語。
日露戦争後の大阪で幼年期を送った竜吉の家は薬店で、
実直な婿養子の父は若く美しく派手好きな母の遊びっぷりを
苦々しく思っていたはずだったにもかかわらず、
あるとき失踪してしまい……。
結末でタイトルの意味がわかると悲しさが込み上げて来る。
佳品揃いにつき、折に触れて読み返すと思う。