深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『サラゴサ手稿』

ポーランドの大貴族ヤン・ポトツキ(1761-1815)がフランス語で執筆した幻想長編。

著者がサラゴサ包囲戦(1808年)にフランス軍将校として参戦した折、

人家に残された手稿を手に入れ、

スペイン人大尉に仏訳口述してもらって書き取った――という設定で、

スペイン、シエラ・モレナ山中をさまよう武人アルフォンソの61日間に渡る体験が

綴られている。

彼が出会った人々の話を聞き、その中の登場人物が更に身の上話を繰り出したり、

本の内容が開陳されたりするという目くるめくマトリョーシカ小説。

第一~第十四日までは旧約(国書刊行会版)で、

第三十七日の一部はアンソロジー『東欧怪談集』(河出文庫)で既読。

 

上巻[第一日~第二十日]

サラゴサ手稿 <a href=*1 (岩波文庫 赤N 519-1)" title="サラゴサ手稿 *2 (岩波文庫 赤N 519-1)" />

〔第一日-第二日〕

国王フェリペ五世からワロン人衛兵隊長に任命された

アルフォンソ・バン・ウォルデンはカディスを出、

従者二人と共にマドリードを目指してシエラ・モレナに分け入ったが、

何故か従者たちが相次いで姿を消してしまった。

心細くなってきた夜更け、不意に美しい女性が現れ、

旅籠に案内されたアルフォンソは、

エミナとジベデと名乗る異教徒の美人姉妹にもてなされた。

彼女らゴメレス一族はアルフォンソと親類に当たるのだと打ち明け、

身の上話を始め、アルフォンソが改宗しなければ妻にはなれず、

夢の中でしか逢うことはできないと言うのだった。

しかし、目覚めたアルフォンソは絞首台の下に横たわっていたことに気づき、

仰天――。

横になると、うれしいことに寝台はたっぷりと広く、これならいくつ夢を見ても大丈夫だと思った。(p.52)

〔第三日―第九日〕

悪魔祓いをする修道士の小屋に辿り着き、経緯を語ったアルフォンソは出立後、

突然岩陰から現れた男に「国王と異端審問所の命によって拘束する」と告げられ、

独房に放り込まれてしまった。

しかし、彼は同じく囚われの身となっていたエミナとジベデ姉妹諸共、

そこへ現れた盗賊ゾト一味に助け出された。

アジトでゾトの来歴を聞かされたアルフォンソは次いでユダヤ人のカバラ学者

ラビ・サドク・ベン・マムーンと、その妹レベッカに出会った。

恋愛ごとに「もし」などという条件を設けられるのは間違っているように思われます。(p.167)

〔第十日―第十二日〕

自分をマドリードへ送り出したカディスの総督も

ゴメレス一族の奇妙な企てに関与し、

秘密を知っているのだろうと考えるアルフォンソは、

繰り返し告解を迫る修道士も、

自分の口の堅さを試そうとするゴメレス一族の手の者ではないかと思った。

アルフォンソはロマ(作中での表記はジプシー)の一団に出会い、

族長パンデソウナこと本名ホアン・アバドロに歓待され、

密輸品を運ぶ彼らと行動を共にすることに。

パンデソウナもゾトの弟たちを知っており、

「彼らも私と同じく、ゴメレス一族の大シャイフに仕えている」と告げた。 

アルフォンソは強力な結社の存在の目的について考えを巡らせたが、

わかっているのは自分も目に見えぬ鎖の一部だということだけだった。

吸血鬼というのはとりわけ新たな発明物なのです。私の考えでは、それは二種類に区別されます。まずハンガリーポーランドの吸血鬼で、これは夜になると墓から出てきて人間の血を吸いにいく死体のことです。それからスペインの吸血鬼ですが、これは死体を見つけるとすぐにそれをよみがえらせる不浄の霊のことで、それは死体をありとあらゆる形に変え、また……(p.240)

〔第十三日―第十五日〕

族長パンデソウナは旅人ジュリオ・ロマティから聞いた話を語り継ぎ、

アルフォンソは吸血鬼や夢魔のイメージに苛まれた。

朝、ゾトの弟たちの絞首台へ行ってみると、死体は地面に下ろされ、

真ん中に何故かレベッカが横たわっていた。

カバラ学の修行をやめて普通の恋愛と結婚を目指したいというレベッカは、

アルフォンソと共に族長パンデソウナの物語に耳を傾けるのだった。

〔第十六日―第十七日〕

族長パンデソウナこと、

本当はスペイン貴族の血を引くホアン・アバドロの少年時代の物語。

彼は生まれてすぐ母と死別し、その妹であるダラノサ叔母に溺愛されて育った由。

旅の途中で質素に暮らす貴族マリア・デ・トーレス夫人と出会ったこと、

その妹エルビラ・デ・ノルーニャの美貌に熱を上げて集った

求婚者たちのエピソード。

ロベラス伯爵と結婚したエルビラは女児を出産した二日後に死亡。

娘には母親と同じ名が与えられた。

妹の忘れ形見である姪(娘)エルビラを慈しむトーレス夫人に

ロベラス伯爵の恋敵だったサンチョ・デ・ペンナ・ソンブレから手紙が届き、

戦功によって大貴族に叙されペンナ・ベレス伯爵となった彼が

後ろ盾になってくれるという知らせが。

四年後、ペンナ・ベレス伯爵はスペイン国王に代わって植民地を統治する

副王となり、姪(娘)エルビラと結婚する準備を進めていたが、

そのとき姪(娘)エルビラは従兄――つまりトーレス夫人の息子――

ロンセトと恋仲になっていた。

ロンセトはホアン・アバドロに

エルビラと服を取り替えて彼女に成り済ましてくれと頼み、

副王は女装したホアンをエルビラだと信じ込んだまま(?)

一行はバリャドリードへ移動。

エルビラとロンセトは出奔。

エルビラの役を演じるホアン・アバドロは彼女の代わりに副王夫人になる(!)か、

さもなくば正体を明かして罰を受けるかのいずれかだと思った。

〔第十八日―第十九日〕

切羽詰まったホアン・アバドロは(娘)エルビラの役を演じたまま、

副王との結婚を回避すべく大司教に向かって修道女になりたいと訴えた。

副王は了承してくれたが、今度は修道院へ入らずに済む方法を考えねばならない。

そこへロンセトと男装した(娘)エルビラがやって来たので衣服を取り替え、

トーレス夫人と姪である(娘)エルビラが修道院へ向かう手筈となり、

ホアン・アバドロはロンセトと共に脱出。

その後、信仰心の薄れた(娘)エルビラが修道院を出て

従兄ロンセトと結婚するための許可証をローマ教皇庁に求める運びとなった。

〔第二十日〕

ホアン・アバドロは修道院付属の寄宿学校へ。

悪友ベイラスと共に、稀に見る美男子だが厳めしく融通の利かないサヌード神父を

からかおうとして失敗。

神父は愚かな教え子を憐れみ、懲罰の決定を待てと静かに告げて出て行った。

ホアン・アバドロが逃げ出す手筈を整えると、

お付きの者を従えた美しい未亡人がやって来て、貴人の遺体を回収するつもりで

ホアン・アバドロを載せた担架を運び出してしまった……。

 *

第十七日~第二十日、少年時代のホアン・アバドロ、女装がサマになり、

騙される人もいたというのは一体どれほどの美少年だったのか……。

 

中巻[第二十一日~第四十日]

サラゴサ手稿 <a href=*4 (岩波文庫 赤N 519-2)" title="サラゴサ手稿 *5 (岩波文庫 赤N 519-2)" />

〔第二十一日―第二十四日〕

ホアン・アバドロは「鞭打ち刑から逃れるために棺を覆う布の下に隠れていた」と

声を発して姿を現し、貴婦人の目当てだった亡きシドニア侯爵は、

実験のために墓を荒らす常習犯サングロ=モレノ医師に持ち去られたと教えた。

メディナシドニア侯爵夫人はホアン・アバドロに身の上を語った。

「閣下のお言葉は大変名誉なことであります。ただ小官はほとんど毎日酔っ払っているような人間です。たまたま酔っていなければ、できるかぎり下品な遊びをいたします。もし閣下がこのような趣味をお持ちでないのなら、われらの交際も長くは続きますまい」(p.51) 

〔第二十五日―第二十九日〕

ホアン・アバドロは匿われていたシドニア侯爵邸の地下室を脱出。

地元で父が今も趣味のインク作りに精を出していると聞きつけて安堵しつつも

帰ろうとせず、物乞いの少年たちの仲間入りをし、

次いでトレドの騎士こと美青年のマルタ騎士団員と知り合った。

トレドの騎士はアギラール騎士と再会し、旧交を温めたが、

アギラール騎士は事もあろうにトレドの騎士の兄レルネ公爵と決闘するという。

日付が変わった後、雨戸が三回叩かれ、

アギラール騎士の声が「自分はもう煉獄にいる」と告げた。

衝撃を受けたトレドの騎士はホアン・アバドロと共にカマルドリ修道会院へ。

八日目に物乞い仲間の一人チキートが様子を見に来たので、

ホアン・アバドロは彼と役目を交代し、アルカンターラ通りの医師宅へ。

骨折したロペ・ソアレスがホアン・アバドロに経緯を述べた。

長い話の果てに、ホアン・アバドロは亡霊の声の正体を知った――。

〔第三十日〕

トレドの騎士は親友アギラールの騎士の幽霊問題が解決したので心置きなく

愛するウスカリツ夫人の許へ。

ホアン・アバドロはお節介な鼻摘み者ロケ・ブスケロスの使い走りをすることに。

最初の用事はドン・フェリペ・ティンテーロ・ラルゴ=大インク甕フェリペ殿

すなわち実父からインクを買うことだった。

片方が黒で片方が白の靴下を履き、スリッパは片方が赤でもう片方が緑、そしてたぶん縁なし帽の代わりに半ズボンを頭にかぶっているからすぐ分かるはずだ。(p.178)

〔第三十一日〕

ブスケロスの次の仕事は親戚のヒッタ=サレス嬢と

ホアン・アバドロの父フェリペ・ティンテーロを結婚させること。

しかし、それを望まぬホアン・アバドロは叔母に相談。

叔母はその叔父、テアティノ会修道士エロニモ・サンテス師に相談。

が、サンテス師は世俗の問題には関与しないと突っぱねたので、

ホアン・アバドロはトレドの騎士を頼ろうと思ったものの、

相手には自分を物乞いの小僧だと思わせてアバリトなる偽名を使っており、

正体を明かしたくなかったため、

やむを得ずブスケロスとトレドの騎士の距離を縮めさせて様子を見ることにした。

〔第三十二日―第三十六日〕

ブスケロスはカブロネス夫妻の不倫騒動について述べた。

よりによってカブロンとはスラングで寝取られ夫の意という。

カブロネス氏は妻フラスケタと愛人アルコス公の罠に嵌り、

悪事に手を貸したと思い込まされ、罪の意識に恐れおののく。

厄払いをしようと旅に出たカブロネス氏は巡礼者ブラス・エルバスと知り合った。

罪を犯した者を救いの道に連れ戻すのを使命と捉えるブラス・エルバスは、

無神論者になって悲惨な最期を迎えた学者である父ディエゴ・エルバスについて

語った。

母に死なれ、養育者となった祖父に死なれ、頼りにならない父にも死なれた

ブラス・エルバスの前に、

威厳に満ちた長身の男が現れ、遠慮は無用と当座の生活資金を渡した。

ブラスは未亡人イネス・サンタレスとその娘たちセリアとソリアと知り合い、

家賃を払って彼女らの家に住むことに。

一同は四角関係となって諸共に愛欲の虜に……。

ブラスが庇護者ドン・ベリアル・デ・ゲヘナに貰ったキャンディに

催淫剤が入っていたのが原因らしく、

ブラスはベリアルの正体を察したけれども時既に遅し。

ベリアルはヘブライ語で「ならず者」「呪い」の意、

転じて「悪霊」「サタン」を指し、ゲヘナは「地獄」を意味するのだった。

夢か現か、サタンの鉤爪で額に神に見捨てられた者の印を刻まれたブラスが

意識を取り戻すと、巡礼者の装束を纏って街道に立っており、

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの聖地巡礼に加わることとなった。

ブラスはブエン・レティーロの公園で

マルタ騎士団員と思われる男がベンチに座っているのを見た。

その人の額には自分が刻印されたのと同じ逆さになった τ(タウ)の字が見えた。

〔第三十七日〕

【語りの階層】

 アルフォンソ
  └パンデソウナ(ホアン・アバドロ)
   └ブスケロス
    └カブロネス
     └ブラス・エルバス
      └トラルバ騎士分団長

 

ブラス・エルバスは額に自分と同じ印を打たれたマルタ騎士団員の話を聞いた。

彼、トラルバ騎士分団長はフランスからやって来た横柄なフールケール分団長に

反感を覚え、決闘するに至ったが、相手の臨終の言葉を無視しているうちに

「ミサを上げてもらってくれ」と、その亡霊に訴えかけられるようになった。

彼はフールケール分団長の剣を携えて遺言された城へ。

フールケール家の始祖アングレーム伯フールク・タイユフェールが

肖像画から抜け出し、一戦交える羽目に。

城を後にした彼はバイヨンヌの宿で再びタイユフェールの殿様を目撃。

十字を切ると幻は消えたものの、城で攻撃されたときと同じ剣の突きを感じ、

以来、苦しみに耐え続けているという。

ブラス・エルバスは彼に聖地巡礼を勧め、共に旅した。

彼はサタンから解放されてマルタ島へ帰っていった。

幻覚から逃れるにはこの例に倣うしかないと聞いたカブロネスは納得し、

二年かけてスペインとイタリアを回って自宅へ戻った。

妻フラスケタの恋人だったアルコス公はロンドン大使に任命された由。

その後、未亡人となったフラスケタは再婚した――と、

ブスケロスは話を締め括った。

〔第三十八日〕

トレドの騎士はマルタ島へ。

ホアン・アバドロの目下の問題は

ブスケロスが仕掛けようとしている父フェリペ・ティンテーロの結婚のこと。

ブスケロスは親類のシミェント嬢〔注〕とフェリペの仲を

勝手に取り持とうとしていたが、鮮やかな色インクや封蠟を作るのが趣味の

シミェント嬢は〈大インク甕フェリペ殿〉には打ってつけの相手と言えた。

二人は結婚に漕ぎ着けたものの、フェリペの厭人癖は悪化する一方で、

社交界の名士たちと交際しなければならないとのプレッシャーをかけられた結果、

昏睡状態に――。

 

〔注〕第三十一日ではヒッタ=サレス嬢と書かれていたが……。

〔第三十九日―第四十日〕

ホアン・アバドロはマドリードで二人連れの美しい女性と再会した。

一人はアビラ女公爵ことベアトリス・ダビラ公爵嬢、

もう一人はメディナシドニア公爵夫人(未亡人)だった。

ホアンはアビラ女公爵の近習のような立ち位置を得、彼女から内密に相談を受けた。

修道院育ちの異母妹レオノールの後見人となって

マドリードに呼び寄せることにしたので、近くで見守ってやってほしいというのだ。

ホアンは身分の差を超えてアビラ女公爵に仄かな恋心を抱いていたのだが、

私の前から姿を消すかレオノールと結婚するか、どちらか選べと迫られ、

やむなく後者を選択。

レオノールとは夫婦として自然に愛し合い、また以前にも増して

アビラ女公爵への尊崇の念を強めながら仕事に励むホアンだったが、

レオノールが難産の末に亡くなったという報せを受けた。

ホアンはレオノールの骨壺を涙で濡らした。

その後、幽霊騒動が起き――。

 *

作者自身の手になるという挿画がユーモラスで味わい深い。

恋愛~結婚と決闘と死別のエピソードが多い印象。

巻末の解説によると、

戦争などの影響で出版社へ原稿をコマ切れに送らざるを得なかったことなどから

全容の解明が遅れ、また、剽窃する者が現れた由。

そして、21世紀になってから二つの異なるバージョンの存在が

研究者によって確認され、今般《1810年版》の全訳に至ったという。

ところで、第四十日 p.396に言及のあるルサージュの小説タイトルにおける

(ルビなし)の読みは「ハエ」かと思いきや、

検索すると『の悪魔』が出て来る。

アラン=ルネ・ルサージュの著作にはベレス・デ・ゲバラの同名の長編小説を

改作した『の悪魔(Le Diable boiteux)』がある由。

は誤植か。

ja.wikipedia.org

 

下巻[第四十一日~第六十一日]

サラゴサ手稿 <a href=*7 (岩波文庫 赤N 519-3)" title="サラゴサ手稿 *8 (岩波文庫 赤N 519-3)" />

〔第四十一日―第四十二日〕

アルフォンソたちの視界に入ってきたキャラバン。

しんがりの男はペルー人でドン・ゴンザルベス・デ・イエロ・サングレ。

彼らは老貴族ベンナ・ペレス伯爵――同名の副王の甥――と、

同じく老貴族ドン・アロンソことトレス・ロベラス侯爵らの一行であり、

トレス・ロベラス侯爵とはロベラス家を相続する女性エルビラの夫だという。

輿に載って手帳を見つめているのは幾何学者だが、

司祭には悪魔憑きと呼ばれているとか。

族長パンデソウナことホアン・アバドロの

少年時代の思い出話に登場した人物が現れたのだと当人に伝えると、

一同がやって来ることは予め知っていたし、

ロス・エルマノスの絞首台の下で彼らに拾われた幾何学者は

アルフォンソの親戚筋の人間だ、との答え。

アルフォンソたちが洞窟で来賓を待ち受けていると、

年老いたトレス・ロベラス侯爵、すなわち、

かつてのロンセト少年がやって来て挨拶した。

続いて彼の娘とその婚約者つまりベンナ・ペレスの若伯爵が入って来た。

その後ろに手帳を持った男。

トレス・ロベラス侯爵の昔語りが始まった。

恋するエルビラと離れ離れになり、文通で胸の痛みを和らげて暮らす間に、

ローマ教皇庁内判事リカルディ猊下の親類という未亡人

パドゥリ侯爵夫人に童貞を奪われてしまい、

エルビラへの裏切りだと自責の念に駆られたこと、また、

一週間後にパドゥリ侯爵夫人の侍女シルヴィアがやって来て

女主人の物語を語ったこと。

激しい恋心というのは、物質を動かす原動力でもあるのです。それがなければ、この世のありとあらゆる事物は停止してしまうでしょう。さらに、それは増減可能でもあります。こうして恋心は幾何学の領域に入るのです。(p.39)

〔第四十三日―第四十四日〕

エルビラへの裏切りに苦悩しつつ、性愛に囚われる

トレス・ロベラス(ロンセト)は、教皇庁の許可を得て彼女の許へ戻った。

侯爵の称号も授与され、結婚の準備を進めていったが、悔恨の念は消えず。

そこへエルビラ付きの二人の侍女の会話が聞こえてきて、

浮気とまでは呼べないにしろ、

自分の不在中に彼女にも複数のロマンスがあったらしいと知ってしまった……。

ともあれ、メキシコに移住した二人は

王家の家名を継ぐトラスカラ・デ・モンテスマ侯爵夫人に引き合わされた。

その誇り高い風貌に魅せられたトレス・ロベラス侯爵は、

周囲にチヤホヤされて図に乗るかのような妻エルビラへの愛情が薄れていき、

トラスカラに惹かれてしまうのを感じた。

程なく、いくつかの州で反乱が起き、死刑囚となった人物を擁護した廉で

トレス・ロベラス侯爵は反逆者と見なされ、投獄された。

牢の中で侯爵とトラスカラは愛を確かめあったが、その後、彼女は衰弱死。

今行動しなければ、将来後悔するであろうし、後悔しないよう心がけるのは常に正しいのだ。(p.68)

〔第四十五日〕

トレス・ロベラス侯爵は出獄後、修道院にいた妻エルビラを伴なって

屋敷に戻ったが、トラスカラを喪った悲しみは癒えなかった。

侯爵は時折若い愛人を囲ったものの、妻との間にもう一人子を儲けるに至った。

しかし、これが高齢出産だったためか妻は健康を害し、亡くなってしまった。

以来、色恋沙汰とは距離を置き、ひたすら娘に愛情を注いできたのだと

侯爵は話を締め括った。

すると、まだ名乗っていないメモ魔の男が

侯爵の話から得られる人生訓を方程式に当て嵌めてみせた。

カバラ学者の妹レベッカは感心していたが、アルフォンソにはチンプンカンプン。

ここに至ってようやく名乗りを上げたメモ魔はペドロ・ベラスケス。

彼は父エンリケと、その弟カルロスについて語った。

〔第四十六日〕

ペドロの父エンリケはベラスケス公爵家本家の当主サンチョに

スペイン国王が求める新たな要塞設計の趣意書を託したが、

最後に署名するタイミングで弟カルロスが帰還したため、喜びのあまり、

うっかり弟の名でカルロス・ベラスケスとサインしてしまった。(←んなアホな💧)

エンリケは、サンチョの娘であり、彼自身にとっては従妹に当たるブランカ

結婚するはずだったのだが、

彼女はパリ帰りの伊達男カルロスに心を移してしまった。

しかも、署名を間違えたことで、

国王からカルロスに大貴族(グランデ)の称号を与え、

ブランカとの結婚も許可するとの通達が。

エンリケは精神にダメージを受け、修道院に籠もった。

夫婦となったカルロスとブランカマドリードに移住。

三年後、エンリケは復調して要塞建設計画が水泡に帰したことを知らされ、

新しい任務に就いた後、精密科学の研究に没頭し、部下の娘と結婚した。

そうして誕生したのがペドロなのだった。

エンリケは生まれたばかりの愛息に向かって、

自分のような不幸を味わわせないために数学は教えない、舞踊と無作法を学ぶのだ

と告げたが、成長したペドロは父の願いとは正反対に

幾何学の虜にして踊れない男になってしまった……。

〔第四十七日〕

ペドロは九歳になり、学習意欲が高まっていたのだが、父エンリケは方針を変えず。

ペドロは親しくなった老聖職者から読み書きなどを教わった。

そんな中、決闘によって身の置き所をなくしたというフランスかぶれの洒落者、

自称フォランクール侯爵が押しかけて来た。

エンリケは息子の教育に最適な人物だと大歓迎。

しかし、当のペドロはフォランクールの無作法さに怒り心頭。

すると、父は舞踏を習う気になるまで監禁すると、

ペドロを離れの狭い部屋に押し込めてしまった。

ペドロは小さくフレームで区切られた窓を見ているうちに閃きを覚え、

数に関する実験に打ち込んだ。

十日後、フォランクールは踊りの心得がある貴族ではなく単なる脱走兵だったと判明。

エンリケは彼を放逐し、ペドロの隔離は終了。

母は病死し、その異母妹である若き未亡人アントニア・デ・ポラネスが輿入れした。

彼女はペドロを誘惑するかのような態度で勉強の邪魔をするのだった。

〔第四十八日〕

ベラスケス公爵夫人すなわちカルロスの妻ブランカからエンリケに手紙が届いた。

曰く、夫カルロスは余命幾許もなく、

一族の世襲財産に関する取り決めによって大貴族(グランデ)の称号は

エンリケではなく甥ペドロに譲渡される由。

ブランカが面会を望んでいるので、ペドロは出立した。

すると、途中の旅籠で

後を追ってきた父の後妻アントニアと彼女の小間使いマリカが姿を現した。

ペドロは二人の女性の誘惑を物ともせず、幾何学に打ち込もうとしていたが、

結局流れに逆らえず。

気がつくとゾトの弟たちが吊るされている絞首台の下にいた――。

 *

二人組の女性の誘惑から絞首台の下での目覚めという流れは

アルフォンソの体験と同じ。

〔第四十九日―第五十日〕

ペドロ・ベラスケスによる天地創造の物語と創世記。

自分の理解を超えるものには異を唱えようがなく、

ただ従うしかないという彼の言に感銘を受けるアルフォンソ。

〔第五十一日〕

トレス・ロベラス侯爵(ロンセト)ら一行は出立。

族長パンデソウナことホアン・アバドロは同行を求められたが固辞。

彼はまた語り部に戻って、回顧談の続きを物語った。

二役を演じていたアビラ女公爵は秘密を守るようホアンに要請、

それをお節介な鼻摘み者ブスケロスが耳聡く聞きつけてしまった。

ホアンはブスケロスの悪巧みからワロン人衛兵隊の大尉と決闘する羽目になり、

引き分けに終わったものの右胸に傷を負って倒れたという。

族長が中座すると、

カバラ学者ペードレ・デ・ウセダは「決闘の相手はアルフォンソの父だったのでは」

と問うた。

アルフォンソは記録書の記述から、それに間違いないと答えた。

〔第五十二日―第五十三日〕

怪我から回復しかけたホアンに届いたアビラ女公爵の便りによると、

彼女がレオノールと名乗ってホアンと夫婦として暮らしていた家に

捜索の手が入った模様。

アビラ女公爵は修道分院長となってマルタ島へ向かったトレドの騎士と合流するよう

ホアンを促し、身柄をある人物に託すと告げた。

それが自称占星術師ウセダすなわちカバラ学者ペードレ・デ・ウセダの父だった。

彼、フェリックス・ウセダことマムーン・ベン・ゲルションは

自身の城へホアンを招いた。

フェリックス・ウセダ曰く、

この土地は不思議な場所で山脈の洞窟にはムーア人が住み、

谷にはロマ(ジプシー)がおり、様々な宗教が混在していて、

山の頂にはドミニコ会修道士の巡礼者のための宿坊があるという。

ホアンはサルデーニャの貴族カステーリ侯爵と名乗らされ、

皇帝レオポルト一世に拝謁。

皇帝の息子カールに仕えよと命じられたが、その後、天然痘に罹患し、

治ったときには面貌が変わってしまっていた。

スペインとの通信係を命じられ、政争に巻き込まれたホアンは、

トレドの騎士こと修道分院長が熱病で亡くなったと聞かされ落涙。

〔第五十四日〕

政争に揉まれ、疲れ切ったアビラ女公爵はアルガルヴェ地方に隠遁し、

修道院の設立に取りかかった。

ホアンに届いた便りの署名はバル・サンタ修道院長に改まっていた。

書面に促され、ホアンはウセダの城へ向かい、娘オンディーナと会うことに。

オンディーナ(本名は母と同じベアトリス)は

ホアンとレオノールことアビラ女公爵との間に生まれながら生い立ちを知らず、

無口で時折奇矯な振る舞いに及ぶ少女となっていた。

ホアンが諸々の都合でヨーロッパを渡り歩き、年末にスペインへ戻って

バル・サンタ修道院長すなわちアビラ女公爵に会いに行くと、

彼女はウセダからの手紙を彼に見せた。

オンディーナは恋仲になったムーア人の青年との間に娘を儲けた後、

亡くなったという。

〔第五十五日〕

娘オンディーナが異教徒として亡くなったことに打ち拉がれた

バル・サンタ修道院長(アビラ女公爵)の死に水を取ったホアン・アバドロに、

ウセダはゴメレスのシャイフたちに仕えてはどうかと持ち掛けた。

ホアンはジプシーの女性たちに魅せられたせいもあって、その環境に身を投じた。

二人の女性を同時に気に入った彼は、

この部族においては何の問題もないと教えられ、二人とも娶った。

妻たちはそれぞれ一人ずつ娘を生んだ。

ホアンは娘たちをマドリードへ連れて行き、貴族に嫁がせたが、

それらの紳士たちも〈地下世界〉とのコネクションを持っていたので、

秘密は守られ、不都合は起きないと思われた。

人が正しい道に留まるには、たったひとつの方法しかない。美徳の光がさんさんと注がれていない小道はすべて避けることだ。(p.283)

ホアン・アバドロ=族長パンデソウナの長い物語に区切りがつくと、

一行は出発し、深い谷間に落ち着いたが、

そこで族長はアルフォンソに別れを告げた。

アルフォンソは一人で地中に潜り、年老いたイスラム修道士に迎えられた。

アルフォンソは彼の指示で更に暗がりを降下し、金塊を掘り出した。

修道士のところへ戻ると、今度は別の階段を上れと言われ、そのとおりにすると、

丸屋根の建物の入口に着いた。

そこには谷の隠者とアルフォンソの従妹たち、

つまりエミナとジベデが待ち受けていた――。

 

まとめ

さて、第五十六日~第六十一日の内容を記すとネタばらしになってしまうので、

控えます。

簡単に言うとゴメレス一族の秘密が明かされ、アルフォンソの旅が終わります。

勇猛な軍人になろうとする青年の通過儀礼の物語だったのかもしれない、

という気がしますね。

試練よりご褒美の方が相当に大きい印象を受けますけども(笑)。

あるいは父と子(息子)の相剋、とか。

イニシエーション×エディプスコンプレックス的な話……って、

めっちゃワタシ好みなんですが、

そうしたすったもんだの陰には大概、意識的にせよ無意識にせよ、

犠牲になる女がいるっちゅーもんですよ。

もっとも、反面、タフで男を手玉に取る悪女の活躍も描かれるのですが。

とにかく死別のエピソードが多い小説なんですよね。

時代背景その他を考慮するとやむを得ないと言えそうですが

そうそう、これでもかと語りの階層が掘り下げられる枠物語で、

特に中巻第三十七日は悪質の極み(笑)ですけど、この階段を上って下りて……が、

終盤のアルフォンソの金塊採掘のための動きを先取りしていたのかもしれない!

なんちて。

ようやく全容が解明されて満足ナリ。

 

では、買ったきり寝かせたままのDVDを鑑賞しますかね。

おや、既に廃盤だ……(誰が買うねんッꐦとツッコミたくなる超プレミア価格💧)。

 

ja.wikipedia.org

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