深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『この貧しき地上に』

ここで一区切りになりますかね、一人佐藤史生祭(笑)。

復刊ドットコムから出た『この貧しき地上に』を購入、読了しました。

 

 

SFの要素はあるが人間ドラマに重点が置かれた連作と、その他の作品、等。

耽美的だが至極クールなのは作者の頭脳明晰さのなせる業か。

 

この貧しき地上に:1982年『グレープフルーツ』第5号

 鹿能深生子(かのう・みおこ)と幼馴染みの最上安良(もがみ・やすら)は

 揃って名門大学に入学し、青春を謳歌するはずだったが、

 旅に出たまま帰らない安良の兄、

 天才の誉れ高かった清良(きよら)の問題が影を落としていた。

 両親の期待に応えるべく懸命に兄を真似る安良を痛々しく思う深生子は、

 婚約したいという彼の申し出を跳ね付けてしまう……。

 タイトルに出典はないようなので、

 例えば世を儚んでクノッソス宮殿の地下に籠もるくらいなら、

 貧しい地上で日の射す方へ歩いて行こうという

 ポジティヴなニュアンスを含んでいるのだろうか。

 若い男女が、崇敬の的だった行方不明の天才青年を追い続けるより、

 現実を見つめて幸せになろうと誓う清々しい物語。

ja.wikipedia.org

 

青猿記(せいえんき):1983年『グレープフルーツ』第12・13号

 「この貧しき地上に」後日談で、失踪した兄の側のストーリー。

 アメリカでゲームソフトをヒットさせ、巨万の富を得たものの、

 厭世観の強まった蓮見優(はすみ・ゆたか)は日本に戻り、

 郊外のコテージで静かに暮らしていたが、奇妙な居候の世話を焼いていた。

 本人は〈ミノ〉と名乗る以外、一切の記憶を喪失したと思しい美青年は

 クレタ島クノッソス宮殿跡で優と出会い、非合法な手段で日本へ。

 〈ミノ〉は見様見真似でプログラミングを学習し、

 優のやりかけの仕事を勝手に仕上げてしまうまでになっていた。

 〈ミノ〉の周りに現れる青い三匹の猿に驚く優だったが、

 〈ミノ〉はそれを古い友人の幻影だと言う。

 ちなみにブルー・モンキーというのはクノッソス宮殿の壁画で、

 絵として青く塗られているに過ぎず、

 青い毛の猿が実在したわけではないとのこと。

 優は〈ミノ〉に改変されたゲームの内容を確認するうち催眠状態に陥り、

 クノッソス宮殿で〈ミノ〉こと角を生やしたミノタウロスに出会った……。

ja.wikipedia.org

 優と〈ミノ〉はダブルベッドで共寝するので同性愛の関係と思われるが【*】

  彼らが社会の少数派に属すのは

 天才同士の特別な結び付きを確認するためのように映るし、

 愛し合っているというよりナルシシストが鏡を愛でている風に見える。

 ともあれ、常軌を逸した天才で、しかも出生の秘密を抱えて苦悩するは、

 特殊な才能を持ち合わせたが故に一般社会と折り合いをつけるのが困難な

 優という最良の理解者を得て心の迷宮を脱出した模様。

 【*】性的関係を持たない同居人同士なら、寝室は別々か、

    一緒であればシングルベッドを二つ並べて寝るのが普通と思われ……。

 

一陽来復(いちようらいふく):1984年『グレープフルーツ』第19号

 タイトルは「よくないことの続いた後にいいことが巡って来ること」

 あるいは「冬至」を指す。

dictionary.goo.ne.jp

 優と暮らす清良は最上商事社長としての父とその妻である母、

 そして次男=弟・安良を取り上げた雑誌の記事を読み、

 安良と深生子が婚約したことを知って心中複雑だったが、

 不思議な老人と出会って冬至のためのカボチャをお裾分けされた――。

 深刻な流れがここに来てほっこり、まったりするのダ!(しかも現実的)


おまえのやさしい手で:1983年『グレープフルーツ』第9・10号

 三上森介は秦野財団の次期総裁と目される御曹司・夏彦に気に入られ、

 秦野邸の居候に。

 屋敷には親戚の娘という花世も一緒に暮らしており、

 夏彦は彼女を『マイ・フェア・レディ』よろしく教育中だと

 冗談めかして紹介。

 当主・剛は森介を快く迎えたが、

 デザイナーである愛人の露木麻子を伴なっており、彼女以外眼中にない様子。

 森介‐夏彦‐花世の愛憎入り乱れる三角関係――だが……。

 どの作品に似ているとは言えないが、

 三島由紀夫風の風雅でありつつ同時に泥臭い愛憎劇。

 タイトルのネタ元は

 シオドア・スタージョン "The Touch of Your Hand"(1953:同邦題)か。

 しまった、未読だ!!

 

■緑柱庭園(エメラルド・ガーデン):1987年8月『吉祥花人』〔既述〕

 

とにかく情報量が多くて、ついて行くのが大変な3冊を通読。

ちゃんと読んで一応得心した自分を褒めてあげたい(なんちて☆)。

で、凡人目線でザックリしたまとめを述べるなら、

この本の収録作に共通するのは、

家族って、血縁って、面倒臭ぇな……ということではないかと。

血が繋がっているから、あるいは、戸籍上●●なのだから共助を――

と仰られてもね。

他人じゃないなら、それだけで無条件に愛情を感じられるかと言えば、

そんなワケなかろうよ、という気がする。

少なくとも押しつけは迷惑ですよ。

「この貧しき地上に」~「青猿記」~「一陽来復」では、

そんな軛から解放された者たちが

一対一の人間として誠実に向き合おうとするかのような近い未来を予感させる、

かな。

逆に「おまえのやさしい手で」では、

母を亡くして天涯孤独になったはずの主人公が

という呪いに絡め取られてしまう悲劇が描かれていて無惨。

いえ、すっっごく好みのテイストなんですけど(笑)。

 

嗚呼、満足じゃ。

そうそう、冬至にはカボチャを食べねばね🎃✨

 

ja.wikipedia.org