深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『須永朝彦小説選』

今年5月に没した耽美幻想派の作家の作品から

山尾悠子がセレクトした逸品集、ちくま文庫須永朝彦小説選』読了。

高額な中古の全集に手を出さなくてよかった(笑)。

 

 

ja.wikipedia.org

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全25編収録。

 

 

  中秋の名月チェンバロを奏でるアルバイト要員を募集する

  「私」の目的は……。

 

 ぬばたまの

  美青年の精気を吸って生き永らえる女吸血鬼だったが、

  遂に獲物が訪れなくなり……。

 

 樅の木の下で

  在ウィーン日本大使の息子、当時17歳だった「私」は

  大貴族の末裔ヘルベルトと出会い、魅了され、短い旅を楽しんだ。

  ヘルベルトはカルパチアの城へ帰ると言い出し、

  仲間と共に閉じ籠もって楽しく暮らそうと「私」を誘ったが……。

 

 R公の綴織画

  R公爵遺蹟市立博物館に足繁く通い、

  タペストリーを模写するヘルムートだったが……。

 

 就眠儀式

  トランシルヴァニアのヘルベルト二世に招かれた「私」は

  彼に雅な就眠儀式を教わった。

 

 神聖羅馬帝国

  アルプレヒト・フォン・R公爵の召喚状。
  ハプスブルク家に連なる青年貴族の集会に現れたスペシャル・ゲスト。

 

 森の彼方の地

  私立大学に講師として着任した「私」は、

  街の雰囲気が期待にそぐわなかったものの、

  一軒だけ魅力的なレストランを発見し、常連となった。

  しばらくして、古風な身なりの美青年が現れ……。

  理想のリゾートとしてJ.G.バラードの《ヴァーミリオン・サンズ》に

  言及していたので、個人的にタイムリーでビックリ。

 

 天使Ⅰ

  広い館で乳母と暮らす「私」の許へ不意に現れた「お前」。

 

 天使Ⅱ

  美大生・百合男の枕辺に不意に現れた天使。

  以来、百合男は交際相手の薔薇子を省みず、

  「爵(ジャック)」と名付けた美貌の天使に献身的に尽くしたが……。

 

 天使Ⅲ

  十年ぶりに目撃した天使は年を取っていないかに見え……。

 

 木犀館殺人事件

  姉弟が暮らす屋敷にやって来た庭師が秩序を乱した。

  一人の青年を挟んで姉と弟が嫉妬し合うという

  塚本邦雄(作者の短歌の師匠)の小説風な物語。

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 光と影

  美貌のスペイン文学者・罌粟原耀子は

  フラメンコダンサーのマリオに惚れ込んだが……。

 

 エル・レリカリオ

  大貴族の夫人ドニャ・ソールに見初められた

  エスカミリオだったが……。

  タイトルは"el relicario"=闘牛士のお守りであるロケットペンダントのこと。

  恋人に踏ませたマントの足型を切り抜いて封じ込めるという。
 

 LES LILLAS――リラの憶ひ出

  ジャン、ジャンヌ、ルイ、ルイザという名の美男美女を巡る、

  ライラックの香りに包まれたオムニバス掌編集。

 

 月光浴

  ババリア王室に出入りする不思議なペルシャ商人の目的は……。

  キルケーの逸話を思い起こさせる掌編。

 

 銀毛狼皮

  ババリアの姫が求婚者たちに難題を突き付け、

  12人の王子たちと姫が送り込んだ密偵は秘宝を求めて旅立ったが……。

 

 悪霊の館

  ポルトガル語圏の小説の翻案という設定の短編だが、

  実は純然たる作者自身の創作。

  ポルトガル耳なし芳一といった趣(奏者は耳を切られはしないが)。

 

 掌編 滅紫篇

  長編の元型たる掌編。

  三島由紀夫の短編「中世」の影響下にあるという。

  燕子花大納言の娘である姉妹・射干(ひあふぎ)と

  鳶尾(いちはつ)に魅入られた猿楽師の兄弟、月若と星若。

 

 聖家族Ⅰ

  現実の両親に幻滅している語り手「私」(男性)の

  理想の父親像(?)と短歌について。

  なかなかヒトを食った話ではある……(笑)。

 

 聖家族Ⅱ

  両親を亡くし、叔母と暮らす男子高校生。

  転校して同級生と親しく言葉を交わすようになって、

  浮世離れした静謐な暮らしに変化がもたらされたが……。

 

 聖家族Ⅲ

  我欲の強い姉妹に挟まれ、長年窮屈な心持ちで過ごして来た青年「私」。

  発明家の父と世間知らずな母を失って以来、

  伯母姉妹(父の姉ら)に引き取られ、

  物質的な不自由を覚えた経験はないものの、

  伯母たちが姉妹にまして強烈な性格の持ち主だったため、

  長じて使用人のような扱いを受けていると語る。

  怒りと憎しみは日毎に募り……。

 

 聖家族Ⅳ

  地図を広げて追憶に耽る男性の来し方とは――。

  ナボコフ「ある怪物双生児の生涯の数場面」へのオマージュ。

 

 蘭の祝福

  金持ちの隙に付け入って寄生することを繰り返してきた「私」の

  新しいターゲットは、

  野生蘭の展示会場で出会った蘭平くん(仮名)だった。

  何やら試行錯誤している様子の蘭平くんだったが、

  「私」は彼の望みを察し……。

 

 術競べ

  伝奇中編『胡蝶丸変化』全14話中の第10話。

  幻術師の腕比べに幻惑される公家、武士たち。

 

 青い箱と銀色のお化け

  江戸川乱歩生誕百周年(1994年)に発表された

  ユーモラスな架空の座談会。

  乱歩×谷崎潤一郎×佐藤春夫がしんみりしているところへ

  勢いよく稲垣足穂が乱入する(笑)。

 

隙のない流麗な文体で、殊に掌編の上手さ(美味さ)が際立つ。

作家自身の指向は知らないが、女嫌いなのか、

女性を排除した美的空間の構築に余念がなかった印象。

だが、読み進めるにつれ、男性の同性愛や女性嫌悪云々より、

単に自己愛の強い人だったのか?

と感じるようになっていった。

鏡に映った自分の分身だけを愛していた――とでも言おうか。

そう考えて表紙を見直したらカラヴァッジョ「ナルキッソス」だったので、

やはり……と苦笑いしてしまった。

ともあれ、珍しい小皿料理を次々に供され、深く考えもせず平らげて、

後から毒が回ってきた、といった気分。

 

感服しました。