購入から四年半以上寝かせてしまった積ん読本、『狐武者』をようやく読了。
岡本綺堂の文庫初収録作品、全7編。
時代小説文庫なので、すべて時代劇かと思っていたが、そうではなかった。
■うす雪(1918年)
薄く雪の積もった東京の街に起きた事件。
雑誌編集長・須郷匡三の妹・貞子は女学校の教諭で、
自宅に数人の生徒を寄宿させていたが、
そのうちの一人、栗田男爵令嬢・雪子が姿を消したという。
捜索に力を貸そうとした匡三は意外な事実に行き当たった――。
*
老人が我欲のために若者を利用しようとする(私の嫌いなタイプの)
ストーリーだが、地の文のリズム感が心地よくて物語に引き込まれた。
それにしても、携帯端末どころか固定電話すら普及率の低かった時代ゆえ、
取りあえず相手の家へ行ってみる、しかし留守だったというパターンが多く、
間延びしてしまうのが残念。
ずっと昔は探偵ごっこも大変だったのだ。
しかし、妹想いの兄に免じて許してつかわす(笑)。
■最後の舞台(1920年)
語り手「私」は周囲から「先生」と呼ばれる男性で、
作家(小説家,脚本家,演出家……?)らしい。
「私」が千葉県の海岸近くに宿を取り、一人で散策していると、
六、七年前に一度会ったことのある女性と偶然再会。
と言っても、相手は当時、まだほんの少女だったので、
印象がまったく変わっていって咄嗟に思い出せないくらいだった。
女優志望の彼女に見込みはなさそうだから諦めた方がいいとアドバイスした
「私」だったが、彼女はその後、旅回りの劇団員として
有明夢子なる芸名でほどほどに活躍しているらしかった。
「私」は夢子と女優仲間の小野町子と、
二人の間に入った深見安二郎なる男性の
三角関係の顛末を目撃する羽目になる。
■姉妹(1921年)
タイトルの読みは「きょうだい」。
某男爵家に仕えていた女性「わたくし」の回想。
男爵令嬢姉妹、常子と道子について――だが、
二人の極端な対比を描いたり、
その間に特別な秘密や軋轢があったといった話をしたりするわけではない。
鎌倉の別荘で常子と近づきになったらしい駆け出しの画家が
夜間、使用人に見咎められ、取り押さえられたとき、常子が取った態度と、
その後の成り行きについて。
■眼科病院の話(1920年)
梶沢医師が近所の眼科医院で起きた一件に巻き込まれる話。
院長・津幡の女性関係と、それに付け込んで悪事を目論んだ者たちについて。
*
タイトルから勝手にグランギニョレスクな奇譚を想像していたが、
至ってノーマルな話だった。
■勇士伝(1924年)
城主・清水長左衛門宗治に仕える矢坂次郎兵衛光近は
河童と狸の助力で様々な手柄を立て、結婚もしたが、
徐々に妖怪変化が疎ましくなり……。
■明智左馬助(1923年)
近江国の若侍・入江小七郎十七歳が狐に取り憑かれ、
禰宜がお祓いをしようと申し出たが、
後から訪ねてきた父・長兵衛の知人・三宅弥平次が疑義を……。
※タイトルは三宅弥平次の出世後の名前。
■狐武者(1924年)
元弘三年、肥後の菊池から大宰府へ向かった入道寂阿の配下、
十八歳の若侍・真木小次郎重治の記憶。
彼は父が母と結婚する前に契った狐の化身に見守られ続けていた――。
『青蛙堂鬼談』の愛読者ゆえ、
ゾッとする怪異譚を期待していたのだけれども、
意外に薄味、アッサリしていたなぁ。