ロシア象徴主義の詩人・小説家・劇作家
フョードル・ソログープ(1863-1927)の短編集、
岩波文庫『かくれんぼ・毒の園』を久しぶりに手に取った。
……が、今回読んだのは旧版『かくれんぼ・白い母』収録の4編(◇)のみ。
【収録作】
◇ かくれんぼ
◇ 白い母
◇ 光と影
◇ 小羊
白い犬
毒の園
悲劇 死の勝利
旧版(旧字・旧かな)→新版→新版の旧版収録分を読みました――といった次第で、
タイトルが現行に改まってからの追加収録作には、ここでは触れません。
■かくれんぼ
体裁を重んじて愛情を感じないまま結婚した夫婦。
妻セラフィマは娘の誕生を喜び、
レレチカと呼んで掌中の珠のごとく慈しんで育てているが、
夫は妻と娘がベッタリくっつきっ放しでいるのを快く思っていない。
母子のお気に入りの遊びは屋敷の中でのかくれんぼだったが、
セラフィマの真剣さはメイドたちも眉を顰めるほど。
そんなある日、レレチカが風邪をひき……。
*
ロシアでは名前の末尾に「チカ(чка)」を付して
親しみを込めた「●●ちゃん」のニュアンスを出すようだが、
レレチカへの使用人からの呼びかけを「レレちゃま」とした
翻訳のセンスが素晴らしい。
■白い母
最愛の人タマーラに先立たれ、
結ばれなかったサクサウロフ(37歳)は復活祭の前、
母親に放り出されて途方に暮れる可愛らしい少年レーシャに出会った。
両親は既に亡く、母は父の後妻で、自分を邪険にするという。
サクサウロフは周囲の助言とタマーラの夢の暗示によって思い切った行動に出た。
*
収録作中、唯一のハッピーエンド。
■光と影
12歳の少年ワローヂャは、あるとき影絵をレクチャーする冊子を見つけ、
自らの手や周囲の小物が壁に形作る“意味のある”様々な影の虜になった。
それによって勉強がおろそかになったことを叱責する母だったが、やがて――。
*
中井英夫が「影の狩人」(『真珠母の匣』収録)登場人物にも
褒めさせていた作品。
影が織り成すドラマに魅入られた少年だけでなく、
最初はそれを好ましくないと思っていた母までが引き込まれて、
遂に二人して狂気の世界へ移行していく。
夫に先立たれ、成長過程にある一人息子に過大な期待をかけて溺愛する母が、
他に心の拠り所を持たず、
共に現実と《あの星》の間の《影》に浸って浮き世の軛を逃れようとする物語。
周囲に疎外感を覚える女性が我が子と癒着するという、
「かくれんぼ」と共通のテーマ。
■小羊
親が目を離した隙に危険な遊びに興じた幼い姉弟。
自分たちが何をしているのか理解できていない、
善悪の分別がない無辜の幼児の前に天国の門は粛然と開かれる。
初めて読んだとき(旧版)の感想は、
ブランデーを垂らした角砂糖がじわじわ融けるように
人の心が静かに崩れていくのが怖い。
で、二度目(新版)は、
読んでいると清らかなサボンで心が洗われるようなのだが、
キレイになったその先には真っ白な狂気しか存在しない
と書いていた。
今般=三度目(新版の旧版収録分)は、以外に淡々と読了。
だが、やはり(宮沢賢治の一部の作品とも通じるような)
大人の罪を肩代わりした穢れなき子供が彼岸へ召される風な図式には胸が痛む。
ところで、『小悪魔』の新版が出るという情報が流れてきたので小躍り。
楽しみだ。