深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『ムーミン谷の冬』

岩波書店『図書』で連載された(2017~2019年)

冨原眞弓「ミンネのかけら」にて、

かつてスウェーデン滞在中にムーミンシリーズの原書と出会い、

自ら邦訳すべくスウェーデン語を習得し、トーヴェ・ヤンソンに許可を得た……

という思い出が開陳されていて、興味を覚えたので、

知っているつもりできちんと読んでこなかった原作を

2018年末にまとめ買いしたのだが、

一気に全巻読み通すことは出来ず、長い中断を経てやっと六冊目を手に取った。

 

ja.wikipedia.org

ミンネのかけら――ムーミン谷へとつづく道

ミンネのかけら――ムーミン谷へとつづく道

  • 作者:冨原 眞弓
  • 発売日: 2020/09/26
  • メディア: 単行本
 

 

【注】

 トーヴェ・ヤンソンフィンランドの人だが、

 言語少数派に属するスウェーデン語系フィンランド人で、

 作品はすべてスウェーデン語で執筆した。

 

まずは過去既読の五冊について。

 

『小さなトロールと大きな洪水』(1945年)

 作者の意向で邦訳の刊行がずっと遅れたムーミンシリーズ第一作。

 第二次世界大戦中に心の安息を求めて描かれたという最初のムーミンたちは、

 おなじみのルックスよりずっと心細く頼りなさげで、一層奇妙に見える。

 寒さに弱いムーミントロールとママは

 冬が来る前に居候先を見つけなければならず、さまよっていた。

 森も海もよそよそしいし、一見パラダイス風の場所も彼らにはしっくり来ない。

 充満する不安に押されるように進んでいくと……という、

 出会いと別れと発見の物語。

 パパって最初からシルクハットを被っていたわけじゃなかったし、

 放浪癖があったのね、妻子がいるというのに(困)。

 

ムーミン谷の彗星』(1946年)

 子供たちの小さな冒険の後、雨上がりのムーミン谷がどす黒く染まり、

 哲学者の麝香鼠は地球滅亡を予言……という、恐ろしい導入部。

 地球の命運を左右する危険な天体現象は彗星の来訪だと教えてくれた

 放浪者スナフキンと共に、

 ムーミントロールと友達のス二フは天文台を目指した――。

 微笑ましいエピソードもあるが、

 戦争及びナチス・ドイツの隠喩と思われる彗星の脅威に身を竦める一同が

 痛ましい。

 不安や恐怖と、それらからの解放が描かれた一編。

 ムーミンパパは終盤、ステッキを持っているが、

 まだシルクハットを被っていない(笑)!

 

『たのしいムーミン一家』(1948年)

 冬眠から覚めたムーミン谷の仲間たちが幸せな夏を過ごし、

 過ぎゆく季節を惜しみつつ秋を迎えるまでの、愉快な出来事の数々。

 誰もが、他者にとってはどうでもいいかもしれないが、

 本人には大切な何かを持っている。

 ハンモック、気圧計、船首飾り、前髪(!)、トランク、ハンドバッグ――

 そして……。

 ドタバタした(それでいて妙に暢気な)喜劇を通して、

 家族や隣人の幸福、心の安息を願う気持ちが

 当人にもやすらぎをもたらすという真理が描かれている。

 

ムーミンパパの思い出』(1950年)

 ムーミントロールが小さかった頃、

 夏風邪をひいたパパは「思い出の記」を執筆。

 若き日の友情と冒険について綴り、子供らに読み聞かせをするが、

 本人の厳粛な気分をムーミントロールたちは理解しない。

 ともあれ、パパがいかにして自我に目覚め、生涯の友人たち、

 あるいは伴侶であるムーミンママに出会ったかが明かされる。

 現在と過去の物語が交差して、

 時に作者の補足あるいはツッコミ(?)が入る枠物語。

 

ムーミン谷の夏まつり』(1954年)

 山が噴火し、洪水が起き、水浸しになったムーミントロールの家。

 仲間たちは水の上を漂ってきた怪しい屋敷に腰を落ち着けたが、

 それは劇場で、口うるさい掃除係のおばさんに陣頭指揮を執られ、

 夏至の祝いのために脚本を書き、芝居を演じることになった――。

 ムーミンパパ、遂にシルクハットを(恒常的に)被る!

 誰もが何かの役割を務め、他者と関わりを持つのが人生であり、

 生活の場はどこも一種の舞台なのだった……という、

 愉快でありながら一抹の哀愁を感じさせるドタバタ劇。

 

さて、読み終えたばかりのムーミン谷の冬』(1957年)について。

例年どおり長い冬を冬眠でやり過ごすムーミン一家だったが、

何故かムーミントロールだけが月光に顔を照らされた途端、目覚め、

軽く寝直すことは出来ても、深い冬籠もりの状態には戻れなくなってしまった。

彼はムーミン屋敷を守らなければならないという使命感に燃え、

秩序を保とうと苦心しながら、新しい出会いと別れを経験し、

あるいは生と死と再生をも目の当たりにする。

自然の神秘と、その前においてはいかにも無力な生きものたち。

だが、季節は必ず廻って移り変わるということを、

冬眠から弾き出されたがために身を以て実感し、

春の訪れと共に少し成長したムーミントロールの姿が描かれる。

一つだけ気になったのは、

ママとスノークのおじょうさんは後から起き出してくるけれど、

最後までパパの動静がわからない点。

まさか放浪癖のせいで家にいなかったなんてことはないよね……(笑)?

 

f:id:fukagawa_natsumi:20210106203249j:plain

【出典:講談社青い鳥文庫ムーミン谷の冬』p.105】

ムーミントロールが屋根裏で見つけたアルバムの写真がキュート!

ついついレンズを睨んでしまう人たち(あ、人じゃないか☆)かな?

 

残るは三冊。

慌てずゆっくり楽しもうかと。

 

 

冨原眞弓さんによる解説本『ムーミンを読む』も読みかけ。

各章がシリーズ各巻に対応しているので、

講談社青い鳥文庫ムーミンを一冊読む毎に一章ずつ読み進めている。

ムーミンを読む (ちくま文庫)

ムーミンを読む (ちくま文庫)

  • 作者:冨原 眞弓
  • 発売日: 2014/01/08
  • メディア: 文庫