小説家・翻訳家の南條竹則=編、
『インスマスの影』に続く2冊目。
今回は全編、創元推理文庫で既読だったが、やはり南條先生の訳は読みやすい。
が、それでも通読するのに時間がかかったのは、
単に私が遅読だからというだけではない、はずだ……。
■ランドルフ・カーターの陳述 "The Statement of Randolph Carter"(1920年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集6』収録。
行方不明になった先史時代の研究家ハーリー・ウォレンについて問い質され、
経緯を語る青年ランドルフ・カーター。
世にも長いケーブルで繋がった電話で会話しつつ、
墓地の下の奥深くへ侵入した友人が見たものとは。
オチは怖いというより、何度読んでも何となく笑ってしまう。
脱線するが、ジーン・ウルフ『書架の探偵』で、
Q. “こちら”と“あちら”で携帯電話での通話は可能か
A. ドアが開いていて電波が届けば
といった対話が出てきた瞬間、この「ランドルフ・カーター」を
思い浮かべたのは私だけではなかろうもん(笑)。
■ピックマンのモデル "Pickman's Model"(1927年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集4』収録。
サーバーが友人エリオットに語ったボストンの画家ピックマン――
リチャード・アプトン・ピックマンの話。
技術は確かだが作品が奇怪過ぎて画壇を追放された彼は、
偽名で井戸のある古い家を借り、更に異様さを増した創作を続けていたが……。
現世と常世を繋ぐ間道が井戸であるという発想は
洋の東西を問わず共通するものなのか。
■エーリッヒ・ツァンの音楽 "The Music of Erich Zann"(1922年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集2』収録。
貧しい学生である語り手が家賃の安い物件に落ち着くと、
建物の屋根裏部屋にエーリッヒ・ツァンという名の
啞者の老音楽師が住んでおり、夜毎、暗澹たる旋律を奏でていた。
語り手はツァンの部屋を訪ねたが、
問題の不気味な曲を聴かせてほしいと頼んだところ、拒絶された。
しかし、やがて語り手に心を開き始めたツァンは、
それまでの経緯を綴ったが――。
地図にない謎の街を取り巻く何ものかと老いたヴィオール奏者の、
言わば音楽による殴り合い(笑)。
■猟犬 "The Hound"(1924年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集5』収録「魔犬」。
友人セント・ジョンと共に墓泥棒の罪を犯し、
悪趣味な盗掘品のコレクションを楽しんでいた「私」だったが、
あるときオランダの某教会墓地で
500年前に葬られたという《伝説の墓荒らし人の墓》を暴き……。
■ダゴン "Dagon"(1919年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』収録
第一次世界大戦中、ドイツ軍の捕虜となるもボートで脱出に成功した「私」は
漂着した泥土の地で怪物を見た――。
■祝祭 "The Festival"(1925年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集5』収録「魔宴」。
クリスマスを古名でユールと呼ぶ語り手が、
そのシーズンに親族を訪ねてキングスポートという古色蒼然たる港町へ。
しかし、老夫婦と共に黙りこくった群衆に紛れて参加することになった
祭とは……。
この作品を立体造形アニメにした品川亮監督の画ニメ、
『H.P.ラヴクラフトのダニッチ・ホラーその他の物語』も素晴らしい。
■狂気の山脈にて "At the Mountains of Madness"(1936年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集4』収録。
E.A.ポオの長編
「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」(1838年)の
影響下に書かれたSF怪奇作品。
当時、まだ多くの謎に包まれていた南極で、
人類が知る由もなかった古(いにしえ)の知的生命体と、
反乱を起こしたその奴隷との争いの痕跡を垣間見てしまうという物語。
ミスカトニック大学の地質学者ウィリアム・ダイヤー教授率いる探検隊は
南極大陸の岩石や土壌の標本を採取すべく、
1931年に飛行機で南極点を越え、キャンプを設営した。
生物学者レイクは粘板岩に付いた線紋を、
未知の高度に進化した生物の足跡に違いないと考えたが、
その岩が形成された時代には、まだ高等生物は存在しなかったはずだった。
別行動を取ったレイク分隊からの通信が途絶えたため、
ダイヤーらは捜索を開始し、奇怪な石造建築を、
次いで遙かに恐ろしいものを目にすることになった……。
■時間からの影 "The Shadow out of Time"(1936年)
旧訳は創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』収録。
経済学教授ナサニエル・ウィンゲイト・ピーズリーを襲った奇怪な出来事。
講義中に昏倒し、
意識を取り戻したときは記憶を失っていたかに見えたピーズリーは、
元々の彼とは人格が変わってしまった調子で、ぎこちない暮らしを送った。
五年後、本来の彼自身に復したピーズリーは、
失われた時間を取り戻そうとして悪夢に苛まれたが、
彼の論文を読んだオーストラリアの鉱山技師から手紙が届き、
彼が記述した夢の中の建造物の様子にそっくりな遺構が実在すると知らされ、
心理学教授となった息子や、
同僚のウィリアム・ダイヤー教授(!)らと共に現地へ赴いた――。
傍目には記憶喪失と映る状況下、
当人は肉体を元の場に残したまま精神がいずこかへ連れ去られ、
別のもののそれと入れ替えられて、通常あり得ない体験をするという話。
オチに辿り着いた瞬間「おお」と感嘆の吐息を漏らすことになるが、
「狂気の山脈にて」同様、内容の割に長い(笑)。
「狂気の山脈にて」「時間からの影」は、いずれも見てはならぬ、
知ってはならぬ太古の大いなる種族の痕跡を垣間見た人が味わう恐怖を描いている。
前者の主人公、散々恐ろしい目に遭ったダイヤー教授が「時間からの影」で、
大学の同僚であるピーズリーの
《失われた五年間の自分探し》に同行するというのが胸熱(笑)。
ああもうお腹いっぱいだよう(笑)。