深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『夜毎に石の橋の下で』

張り切って買ったのに三年近く寝かせてしまった、

レオ・ペルッツ(1882-1957)のよごはしこと『夜毎に石の橋の下で』を

ようやく読了。

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夜毎に石の橋の下で

夜毎に石の橋の下で

 

 

16世紀末プラハユダヤ人大富豪モルデカイ・マイスル(1528-1601)は、

いかにして財を成したか、どれほど若く美しい妻エステルを愛していたか、

彼女が亡くなって深く嘆き悲しんだか――といったことが、

後世の人物によって語られる、短編連作の形式を取った幻想的な歴史絵巻。

マイスル夫妻と

ボヘミア国王にして神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世(1552-1612)の

夢幻的な三角関係を軸に、彼らを取り巻く人々の逸話で構成されている。

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1589年、秋のプラハユダヤ人街でペストが猛威を振るっていたが、

この災いは、ある罪によってもたらされたのだと、

死者の声を通して知ったユダヤ教の高徳のラビこと

イェフダ・レーヴ・ベン・ベザレル(1525-1609)は、

石橋の下で絡み合う紅薔薇ローズマリーを引き離した。

だが、ラビは何故、それらの植物が惨事の元凶の象徴だと知っていたのか……。

この謎が、数々のエピソードが開陳されるにつれて解き明かされていく。

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のっけからペスト禍の話題だったので、

三年寝かせて今やっと読もうというところで変にタイムリーじゃないか!

と、軽く怖気を振るったことを告白しておきましょう……。

 

愉快だったのは「ヴァレンシュタインの星」。

天文学者にして占星術ヨハネス・ケプラー(1571-1630)に

運勢を見てもらった青年貴族

アルブレヒト・ヴァーツラフ・エウゼビウス・ズ・ヴァルトシュテインの

その後を変えた一夜の出来事。

誤解や行き違いが織り成す喜劇の様相だが、当人は至って真剣。

短編映画になっても面白そう。

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ちなみに、彼のモデルは三十年戦争(1618-1648)期のボヘミア傭兵隊長

アルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼービウス・フォン・ヴァレンシュタイン

(1583-1634)。

ハプスブルク家に仕え、ハンガリーオスマン帝国と戦いつつ、

裕福な未亡人と結婚し、

先立った彼女の遺産を元手に資産を増やして傭兵を集めたが、

ボヘミアの王位を狙っていると疑われ、暗殺されたという。

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後代の人々の、主要登場人物たちの素晴らしさも愚かさもひっくるめて

愛おしむような語り口が、胸に沁みた。

既読の小説ではキース・ロバーツ『パヴァーヌ』、

あるいはマンガに喩えると、萩尾望都ポーの一族』などの

エンディングにも似た、しんみりした雰囲気が物悲しくも心地よかった。

 

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

 

 

 

そして、様々な事件を黙って見守った石の橋は現在、カレル橋と呼ばれている――。

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レオ・ペルッツの本はこれが四冊目だが、

既読の三冊も皆、史実と虚構を綯い交ぜにしながら、

キャラクターに厚手の肉付けを施して物語を組み立てている印象で、

あちこち御都合主義的な展開も目につくものの、

何だか憎めなくて許せてしまう(笑)極上のエンタメ小説。

第三の魔弾 (白水Uブックス)

第三の魔弾 (白水Uブックス)

 

 

アンチクリストの誕生 (ちくま文庫)

アンチクリストの誕生 (ちくま文庫)

 

 

 

【付記】

 ペルッツプラハ出身だが、オーストリア=ハンガリー帝国時代の生まれで、

 ウィーンに移って作家になったので、作品はドイツ語で書かれている。

 (だから私のブクログ本棚でも《ドイツ語文学》カテゴリに入れてあるのです)