深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『吸血鬼に手を出すな』

1942年ロサンジェルス
私立探偵トビー・ピータースは
気味の悪い悪戯に悩まされる吸血鬼俳優ベラ・ルゴシ
ボディガードになったが……。

 

 

冴えない中年探偵の活躍を描くシリーズの一作だそうで、
この作品だけ唐突に思い立って読んだので「?」な部分もあったが、
主人公は元警官でバツイチで素寒貧、
ロサンジェルス市警の警部フィル・ペヴズナーとは
実の兄弟だが非常に折り合いが悪い、
しかし、甥っ子たちを可愛がってはいる――ということは、よくわかった。

 

本作は、ベラ・ルゴシ(1882-1956)を助けてほしいと
ボリス・カーロフ(1887-1969)から相談されたトビーが、
ルゴシを護衛する中、
文豪ウィリアム・フォークナー(1897-1962)に掛かった殺人容疑を

晴らすという二刀流。
捜査を開始したトビーに魔の手が……といった流れ。
作家エージェントのジャック・シャツキンを殺害して
フォークナーに濡れ衣を着せた犯人を追う。

 

吸血鬼愛好家の集会という馬鹿馬鹿しくも愉快な場面で始まる小説だが、
事件の本筋はあくまで現実的で、個人の利害に基づくもの。
物語はテンポよく展開するのだが、
ふと気づくと自分が何を読んでいるのか忘れている……といった感触(笑)。

 

名声は得たものの、仕事の内容が理想と乖離して不納得なベテラン俳優と、
素晴らしい作品を書きながら、
なかなかお金にならないという偉大な作家の姿に哀愁が滲む。

 

後半で疲労困憊したトビーが見る妖しい夢の記述は、
ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』序盤で
ジョナサン・ハーカーが三人の美女に襲われるシーンのパスティーシュか。
こはちょっとドキッとした。

 

 「やりなさいよ。あなたが最初、次に私たちよ」
 「彼は強いわ。私たちみんなでキスしても大丈夫よ」
 (『吸血鬼に手を出すな』p.253)

 

 「おやりよ。おまえさんが先だよ。わたしたちはあとさ。
  おまえさんが皮切りだよ」
 「若くて丈夫そうな男だよ。三人で接吻したって大丈夫さ」
 (『吸血鬼ドラキュラ』創元推理文庫p.64,平井呈一=訳)

 

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)