深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『切り裂き魔の森』

タイトルに惹かれて――しかし、絶版につき古書購入、読了、

マーガレット・トレイシー『切り裂き魔の森』。

アンドリュー&ローレンス・クラヴァン兄弟の共作で女性のペンネーム。

 

大工の夫と二人の子供に尽くす平凡な主婦ジョーン・ホワイトは、
住まいの近くで残虐な殺人事件が起きた日に限って

夫の帰宅が遅かったことに思い至ったが……。

 

面倒なこと、恐ろしいことから目を背ける傾向のある、
他者の痛みに鈍感なジョーンの自己正当化と絡み合う過去の記憶。
彼女は、夫婦が一心同体だというなら、

夫が犯罪者だった場合、妻も悪人になってしまうと気づき、
一人の人間としての自由と尊厳を回復しようと、もがき始める。

 

●●さんの奥さんと呼ばれる生活に甘んじて自己研鑽を怠り、
社会情勢にも大した関心を持たずに長年過ごしてきた女性が、
殻を破って新しい生き方を模索しようとする物語――としては、

読み応えがあって面白い。

が、複数の視点が短いスパンで頻繁に入れ替わるので非常に読みづらかった。

また、連続殺人犯の残虐さを描出するために必要だったのだろうけれども、
犯人目線の叙述に不自然さを感じた。
ヒロインが他人の話を聞くなり、

誰かが綴った文章を読むなりして事態を把握していった方が、
読者にとっては滑らかに読みやすいだろうと思ってしまった。

 

途中に挟まれる犯人目線の地の文が 〈 〉 で

括られているのも謎(但し、プロローグを除く)。
ひょっとして、善意の第三者キャラが真犯人で、

事件はこの人物の創作というメタフィクションなのか?
と、邪推してしまった。
いや、個人的にはそっちの方がずっと面白い気がする。
そんなワケで、ヒロインに感情移入するとハラハラドキドキ感が味わえるものの、
どんでん返しは起こらず、何だか拍子抜けしてしまったのだった。

 

犯人の、殺人者としての下地を作ったと思しい過去のエピソードが、

森での鹿狩り云々というところで、

シオドア・スタージョン『きみの血を』を連想したのだが、

伏線は回収されなかった、残念。

 

 ↑ これは本当に何度読んでも面白い、地味な話だけど。