深川夏眠の備忘録

自称アマチュア小説家の雑記。

ブックレビュー『鉄の門』

マーガレット・ミラー『鉄の門』新訳を読了。

鉄の門 (創元推理文庫)

鉄の門 (創元推理文庫)

 

 

古いミステリの新訳が出て、解説を春日武彦先生が
書かれたという情報が流れてきたので、興味を持って購入。
精神科のお医者さんが解説を依頼されるということは、
つまりそういう類の小説だろうと予測し、
既読のジョン・フランクリン・バーディン『悪魔に食われろ青尾蠅』

悪魔に食われろ青尾蠅 (創元推理文庫)

悪魔に食われろ青尾蠅 (創元推理文庫)

 

を連想した――が、もっとずっとスリリングでサスペンスに満ち、
しかも、嫌~な気分になる話だった(←褒め言葉)。

 

それぞれ配偶者と死別し、再婚したモロー夫妻。
以後15年が平穏に過ぎたかに見えたが、
妻ルシールは家の中でずっと除け者の感覚を味わい続けていた。
そんなある日、謎の人物から不審な小箱が届き、
開封したルシールは悲鳴を上げた後、家出。
家族が捜索願を出し、彼女は程なく警察に保護されたが、
パニックに陥り、精神病院への入院を余儀なくされた――。

 

不気味な贈り物の正体はじきに判明するが、
それを見て嫌悪感や恐怖に囚われるだけでなく、
精神の均衡まで崩すとは、どういうことか。
その謎を、未解決事件を抱えたままのサンズ警部が追う。

 

悪意の籠もったプレゼントは、別の何かの代替物、表象であり、

普通の人は贈り主の真意が読み取れず、精々怖れ、

吐き気を催す程度で終わるだろうが、
ルシールはそうではなかったし、犯人もその点を踏まえて事に及んだはず。
そう、彼女は物静かで我慢強く、一見、外部からの刺激に鈍感そうな女性だが、
実は賢く思慮深いのだと、モロー家のメイドが語っていた……。

 

タイトルは精神病院の内と外を区切るゲートを指し、
恐らく、理解し合えない人と人の心を隔てる障壁や、
誰かを激しく憎んで呪いの言葉を吐くこと(セーフ)と、
その相手に危害を加えてしまうこと(アウト)の境目を表してもいるに違いない。

 

怖いのは章題。
第一部「狩猟」、第二部「狐」、第三部「猟犬」。
狩猟はルシールが徐々に追い詰められていく過程、
狐は病院内に囲い込まれた彼女を表していると思われる。
問題は「猟犬」――つまり、彼女を狙っていたのは誰か、ということ。
それがわかった瞬間、背筋が寒くなった。