アンソロジー『猫は宇宙で丸くなる』解説で、選に漏れた一編として、
レイ・ヴクサヴィッチ「キャッチ」が挙げられていたので、興味を持って購入、読了。
ヴァラエティに富んだSF&奇想掌短編集、全34編。
しかし……[後述]。
■僕らが天王星に着くころ By the Time We Get to Uranus:1998
皮膚が宇宙服に変質して、
ヘルメットまで完成した最終形態になると重力に逆らって宇宙へ飛び立ってしまう
――という奇病が蔓延。
妻モリーを地上に繋ぎ止めたいジャックの四苦八苦。
ヘンテコな話だが、予想外にウェットで苦手なタイプ。
不運に見舞われた人がその状況に酔っているかのようで、好きになれない。
最初、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(もしくは「日々の泡」)を
連想したが、案外「セカチュー」やら「いま会い」(古っ)やらを好む読書人に
ウケるのかもしれない……なんちゃって。
■床屋(バーバー)のテーマ The Barber's Theme:1995
理髪師ブレンダの仕事中の妄想。
■バンジョー抱えたビート族 Beatniks with Banjoes:2001
クリスマスイヴのツリーに飾る靴下を巡る事件。
■最終果実 Finally Fruit:1997
子供時代の仲良しグループの一人だった女の子が、
ある頃から得体の知れない化け物に変容してしまった話。
■ふり Pretending:2001
毎年クリスマスにイベントを開催する仲間たち。
今年の幹事はスチュアートで、奇妙なパーティを催したが……。
籤を引いて当たった者が幽霊役になり、
残りの面々は幽霊を信じていないから彼女が見えないという態度を取るが、
仕掛け人が「策士策に溺れる」結果に。
シオドア・スタージョン「考え方(A Way of Thinking)」を連想した。
■母さんの小さな友だち Mom's Little Friends:1992
ナノテクノロジーの第一人者、
物理学博士ホリー・ケッチャム女史を襲った異常事態に立ち向かう、
彼女の子供たち。
人体の中で社会組織を構成するナノピープルが、
宿主に連絡事項を伝えるために生み出した仮想人格ジェシカが
宿主をコントロールしようとし、ホリーの行動様式が激変したため、
母を救うべく過激な手段でジェシカと対峙する姉弟エイダとバリー。
■彗星なし(ノー・コメット) No Comet:1994
「ふり」とは逆に
「襲いかかって来るかもしれないものを見なかったことにすれば、
それは存在しないも同然」
と考えて危険を回避しようとし、妻子を巻き込む男。
だが、そもそもその危機自体が発生していたのかどうか……。
ややコルタサル風な(?)オブセッションの話。
■危険の存在 There is Danger:1993
孫がいる年齢のカップルの、ロマンティックなひと時。
だが、常に優雅に振る舞うセリーナとは対照的に「わたし」には
無様な挙措しかできない――。
周囲の対応から察するに、語り手は既に身体が不自由で、
そのことに引け目を感じながら恋愛感情と格闘しているのだろうか?
■ピンクの煙 Pink Smoke:2001
盗癖のある恋人マギーが盛んに“巧みに”万引きしたり
他人の持ち物を掏ったりするので、困惑・辟易するジョー。
マギーは遂に刑務所行きとなったが、二人は思いがけない形で再会する。
意外に爽やかで好感が持てる話。
■シーズン最終回 Season Finale:1995
テレビで探偵役を演じる俳優が、亡くなった恋人の兄に暴行され、
意識を取り戻すと……。
ホラー映画のワンシーンのような雰囲気。
■セーター The Sweater:2001
アリスからの誕生日プレゼントは手編みのセーターだった。
ジェフリーは早速それを着ようとしたが……。
シュールで奇怪なエピソードのようでいて、
至極現実的な「齟齬」についての物語ではないかとも思える。
一瞬でスポッと着られなかったのは、サイズが間違っていたせいか、
あるいは、彼がそれを着たくないと感じたからか。
いずれにせよ、受容と供給が――延いては心の持ちようが――
マッチしない悲しみとおかしさについて。
《私見》
手編みのセーターは成人男性が女性からプレゼントされて
ウンザリするアイテムの筆頭なのでは?
■家庭療法 Home Remedy:1996
就眠中に害虫が鼻の奥に入ってしまい、
バスルームに籠もって危険な手段で駆除を試みる男。
過激かつ不快極りない描写が続くが、彼を悩ませているものの本体は、
妻が不貞を働いているかもしれないという疑念である――といった、
これまた強迫観念が外在化=実体化する話。
女性が増長して異様にデカく強くなったわけではなく、
男性が一方的に萎んでしまった印象。
1950~1960年代頃の、いわゆる「奇妙な味」にカテゴライズされる小説【※】
にも現れる、景気がよかった頃の、懐が深く、
大らかな父性が漲っていたアメリカのイメージ、その残り香は最早感じられない。
……もっとも、それらとこの作家の小説を比較することに意味はないのだろうが。
【※】シオドア・スタージョン,チャールズ・ボーモント,スタンリイ・エリン,
■息止めコンテスト A Breath Holding Contest:1991
どちらが長く息を止めていられるか――というイベントは、
対戦相手同士が無言で「念」を飛ばし合う精神のバトルでもあった(笑)。
■派手なズボン Fancy Pants:2000
人目につかないようにドライヴし、
街の中の谷間に降りてピクニックを楽しむカップルは――。
■冷蔵庫の中 In the Refrigerator:2001
狭い部屋で二人暮らしをするカップル。
ある晩、男が帰宅すると恋人が紙袋を頭に被って座っており……。
■最高のプレゼント The Perfect Gift:1994
傷んだ服を着て焼け落ちた建物の残骸の傍でサンタクロースを待つ、
腹ペコのティムとエイミー。
サンタはリムジンに乗ってプレゼントを届けにやって来たが……。
傲岸不遜なサンタクロースは何を表象するのか。
焼け跡云々は戦争を連想させるが、
1994年に発表されたこの作品はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を
現地とアメリカを反転させて暗示したものか……違うか⤵
■魚が伝えるメッセージ Message in a Fish:2001
借金地獄から逃れるため、稀少な観賞魚を売却しようと考えたジョシュ。
購入希望者から電話がかかって来たが、話が噛み合わず……。
■キャッチ Catch:1996
ルーシーとデズモンドの仕事は、
猫を衰弱するまで放り投げてはキャッチすることを繰り返す、というもの。
ルーシーは本当はそれを嫌悪しているが、
稼ぐためにやらざるを得ないといった様子。
とにかく、動物を虐待する話なので嫌悪感しか湧いて来ない。
■指 The Finger:1995
中指を立ててfxxxサインを出したら、それがピストルの一撃であるかのように、
対面した相手を倒すことが出来る能力を得たボビー。
魔女たちとのサイキック・バトル(?)を経て、男たちは荒野へ――。
■ジョイスふたたび(リジョイス) Rejoice:1999
ジェイムズ・ジョイスの文体で
メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』をザックリ纏めてみよう!
的なパロディ作品。
ヴィクター・フランケンシュタインが死体の寄せ集めに魂を吹き込む際、
本の内容を脳に注入してジョイスを蘇らせようと目論んだが……という話。
馬鹿馬鹿しくて面白い。
■ぼくの口ひげ My Mustache:1993
剃り落とした髭の代わりに、
鼻の下に接着剤で蛇を貼り付け、恋人に呆れられるルイス。
格好悪い僕でもそのまま受け入れて愛してくださいと言わんばかりの甘えを感じる。
■俺たちは自転車を殺す We Kill a Bicycle:1995
人間 vs 人間と自転車の融合体。
筒井康隆「佇むひと」を思い出したが、こちらの方がずっとアクティヴで野蛮。
■休暇旅行 A Holiday Junket:1998
テレポーテーションで辿り着いたバカンス先は、
誰もが重い金魚鉢を抱えて歩かねばならない場所だった――。
仲間同士は頭を近づけ合えば意志の疎通が可能だが、
金魚鉢のせいでそれがままならないという珍妙な話。
■大きな一歩 Giant Step:1994
人口の三分の一が様々な汚染から身を守るべく宇宙服を身に着けて
往来を闊歩するようになり、トラブルも多発。
だが、グレゴリーと恋人ナンシー、彼女の孫娘キムの三人は、
大いなる一歩を踏み出した(笑)。
■正反対 Quite Contrary:1994
ルイは仲間のアルフォンソと共にサリーを襲ったが、今は……。
■服役 Doing Time:1992
アメリカ国旗を燃やすという罪を犯して逮捕され、服役(?)し、
釈放されるとまた同じことを繰り返す「俺」が見出した小さな希望――
だが、それは無残に打ち砕かれた。
■次善の策 The Next Best Thing:1998
恋人ティムの遺言執行に協力しろとデボラに迫られた、二人の友人である「俺」。
ティムは死んだら自分を宇宙に打ち上げてくれと言い残していた。
■猛暑 Beauty Heat:2001
フランクは向かいの家の美女を双眼鏡で監視する。
彼女はきっと、宇宙人だから……。
■儀式 Ceremony:1991
クリスマスのイベント中にサンタクロース役の男が突然死。
だが、客の行列を捌きたい雑貨店店主ボブは、
アルバイトのブレンダに芝居を打たせ、商売を続ける――。
■排便 Poop:2000
40歳を過ぎて子供を授かった夫婦。
だが、赤ん坊のオムツから、あり得ないものが次々に飛び出し……。
■宇宙の白人たち White Guys in Space:1996
地球を統括するワールドマスター・ジョーンズの陰謀と
ロブスター型宇宙人と科学者と普通の男たち、そして女と犬。
■フィッシュ・ケーキ Fish Cakes:2011
仮想世界のゲーム仲間である男女が初めてオフラインで会うことになったが、
リアルな“外”の空間は温暖化の進行で暑熱地獄。
希望なき世界でささやかな安らぎを見出す、といったところか。
タイトルは魚風味のパウダーを加えた練り物の意だが、
「熱帯魚の餌」を掛けた洒落になっている。
登場人物たちが若者なら特に文句はないが、
いつまでも中二病が癒えない中高年かと思うとイタい。
■ささやき Whisper:2001
恋人にいびきがうるさいと嫌がられた「俺」は、
そんなにうるさいだろうかと思い、就寝中、カセットテープに録音。
すると、知らない男女の会話が……。
段々大胆になってくる(?)声だけの居候。
■月の部屋で会いましょう Meet Me in the Moon Room:1998
死んだと思っていた昔の恋人が生きていて再会を求めてきた。
約束の場所は《月の部屋》――。
多くの作品が、家族・恋人・友人などの親密な関係に対する
不安や不信感に彩られている。
それはいいのだが……ほとんどの場合、
主人公の男性に魅力が感じられないので、物語に没入できなかった。
苦手なんですよ。
不運に陶酔するかのようなタイプ、
努力を怠りながら、こんなダメな男ですがそのまんま受け容れて愛してください、
みたいなタイプ――等々。
これは好みの問題なので、いかんともしがたいですな(苦笑)。