石塚久郎=編『疫病短編小説集』(平凡社ライブラリー)読了。
『病短編小説集』 『医療短編小説集』に続く第三弾、
新型コロナ禍を生きる読書家のための(?)
流行り病をテーマとするアンソロジー、全7編。
戦争に比べると文学に取り込まれにくい趣きのある疫病。
それは、身近な人を理不尽に奪われる苦しみは共通していても、
戦争には介在する英雄的行為がそこに存在しないからか、あるいは、
病状がもたらす身体的な惨たらしさから
目を背けたくなってしまうせいなのか……。
収録作は以下のとおり(若干ネタバレ臭が漂うかもしれません、ちょっぴり)。
■ E.A.ポー「赤い死の仮面」(The Mask of the Red Death,1842)
疫病から身を躱そうと、臣下と共に城に閉じ籠もったプロスペロ公。
全編中、唯一架空の病の物語だが、
新訳でも絢爛さと不気味さは変わらず、恐ろしい。
死の種は籠城の際、誰にも知られずに紛れ込み、時間をかけて発芽し、
最後に弾けて消し飛んだのかもしれない。
■ ナサニエル・ホーソーン「レディ・エレノアのマント」
(Lady Eleanore's Mantle,1838)
18世紀初頭、独立前のアメリカ。
マサチューセッツ湾植民地の総督シュート大佐に招かれて
英国からやって来た遠縁の美女、高慢なレディ・エレノアが
自身の美貌を引き立てるために纏っていたマントには……。
1721年にマサチューセッツを襲った天然痘の大流行を下敷きにした物語。
性格や行いの悪い美女が重篤な病によって報いを受けるという
先行作品はあったが、ここではそれが身分や性別に関わりなく拡がって
大勢が死ぬことにも言及されている。
■ ブラム・ストーカー「見えざる巨人」(The Invisible Giant,1881)
『吸血鬼ドラキュラ』の作者による
児童向けファンタジー『黄泉の下』中の一編。
母シャーロットの書簡に綴られた、
1832年にスライゴーを襲ったコレラ禍の記録がベースになっている由。
勇敢で優しい少女ザヤと老賢人ノールの献身によって
街が疫病の猖獗から解放される。
■ ラドヤード・キプリング
「モロウビー・ジュークスの奇妙な騎馬旅行」
(The Strange Ride of Morrowbie Jukes,1885)
イギリス人モロウビー・ジュークスは愛馬を駆ってインドの砂漠へ。
体調を崩し、斜面を滑り落ちると、
擂り鉢の底のような場所に知人の役人を含む奇妙な集団がいた……。
「一介の少尉」(Only a Subaltern,1888)
王立士官学校の卒業試験に合格し、意気揚々と
在インド、テイルツイスターズ連隊に入隊した青年ボビー・ウィック少尉は
面倒見がよく、人気者になったが、それが仇となり……。
連帯感や同志愛による触れ合いによって病が伝染する、つまり、
共感と感染が密接に関連することを示した作品。
■ キャサリン・アン・ポーター「蒼ざめた馬、蒼ざめた騎手」
(Pale Horse,Pale Rider,1938)
第一次世界大戦下、新聞社に勤める24歳のミランダは
体調不良を感じながらも仕事を続け、
工兵隊の少尉である同い年の恋人アダムとデートしてもいた。
彼と過ごすのはとても楽しかったが、彼女にはあまり食欲もなく、
時折受け答えが散漫になった。
どうやら流行りのインフルエンザに感染したらしく、
アダムが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたが……。
タイトルは二人が口ずさむ歌の一節だが、「蒼ざめた馬」とは
ヨハネ黙示録に由来する死の象徴。
戦争と重なったため、
パンデミックが重大事として取り沙汰されなかった怖さ。
だが、人々を守るべく戦地で雄々しく戦い、
死も辞さないと意気込んでいた青年も、
その前に同じ病で呆気なく無益に死んでしまうことがあるという皮肉。
解説の、1889~1893年にかけてのロシア・インフルエンザが、
自身もそれに罹患したというブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』に
影響を及ぼしていたという指摘が興味深い。
ドラキュラがロシア船で英国へやって来たことや〈病〉の感染および
精神疾患を取り扱ったところにそれが反映されている、と。
■ J.G.バラード「集中ケアユニット」(The Intensive Care Unit,1977)
家族でさえ衛生と安全のため、
別々に引き籠もって暮らすのが当たり前の世の中。
あらゆるコミュニケーションがモニタ越しの遠隔操作で交わされる社会で、
掟を破った一家を襲った惨劇とは……。
現今の新型コロナ禍でステイホームを余儀なくされる読者にとって
違和感のない、古くも新しくもない世界観。
会わずに済ませられるなら、ずっと会わない方が互いの身のためなのか?
【引用】 p.249
愛情と思いやりは距離を必要とするのだ。
ある程度の距離あらばこそ、
他の人間に対する本当の親密さを感じることができるのであり、
礼儀をわきまえていれば、親密さは自然と愛に変わっていくのだ。
流行りに乗らない主義の私ですら、
他人事ではない新型コロナ禍については少しばかり思うところもあって、
昨年来、感染症の蔓延を背景とする掌編をポツ、ポツと。
勢いと調子に乗ってPRしちゃうゾ(笑)。
kakuyomu.jp
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三話ともRomancer『月と吸血鬼の遁走曲(フーガ)』収録。
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ご笑覧ください。